「大翔…」
真っ直ぐ見つめる瞳は、私が昔から知っている誠実な瞳。
いつもこうやって、私を見てくれていたから。
「別れようと言ったのは俺だけど、あれから心底後悔していたんだ」
「う、うん…」
“好きだから別れたい”
それが大翔の想いだった。
それを言われた時、どれ程どん底に突き落とされたか。
寂しさを埋めたくて、さらに仕事に没頭した。
同級生の幸せ報告が、憂鬱で仕方なかった。
それはやっぱり、大翔がいなかったから…。
聡士に惹かれるのも、寂しさを埋めてくれる人だから?
そんな風に思えて仕方ない。
音楽すら鳴らない車の中で、しばらくお互い見つめ合う。
人通りも少ない場所という事もあり、とにかく静かだ。
こちらの心臓の音が、聞こえるんじゃないかと思うくらいに。
「大翔、私も別れたいって言われた時、何もかも無くした気持ちだったよ」
あの時、プロポーズを受けていれば、今と違った未来があったはず。
その方が幸せだったのか…。
それは、分からない。
分からないけれど、大翔に再会出来た嬉しさは間違いなかった。
「由衣…」
泣きそうな顔で、大翔は私の頬に手をやる。
この仕草は大翔のクセ。
そう…、これは…。
ゆっくりと顔が近付き、大翔の懐かしい唇が重なった。
頬に手をやる時は、キスをするサイン。
聡士は強引にキスをする時があるけれど、大翔は違う。
いつだって優しかった。
重なり合う唇に、車内で響く音はキスの音だけ。
「これ以上は、何もしないから…」
唇を離し、大翔は私の髪を撫でながら言った。
その言葉に、小さく頷くしか出来ない。
「だけど…、嫌じゃなかったから。キスをしてくれた事…」
きっと今、無理矢理してしまったと、後悔していると思う。
そういう人だから。
だから正直に自分の気持ちを伝えると、大翔は安心した様な笑顔を浮かべたのだった。
「メシを食ったら行きたい場所があるんだ。少し付き合ってくれるか?」
「うん。いいよ?」
何だろう。
心当たりはないけれど、大翔は清々しい表情で車を走らせたのだった。
左手は、私の手を握ったまま…。