まぶたの奥が明るい。
もう朝なんだ。
聡士のぬくもりに安心したのか、一度も目を覚ますことなく眠っていた。
起きたくないなぁ。
昨日、雨に濡れたせいか、それとも大翔の事で傷ついたせいか、とにかく体が重たい。
聡士もまだ眠っているみたいだし、何時か分からないけれど、このまま寝た振りをしちゃおう。
そう思って目を閉じたまま、数分くらい経った頃、聡士が起きる気配がした。
もう起きるのかな?
どうしようか。
起こされるまで、やっぱり寝た振りをしていようか。
あれこれ考えていると、
「由衣?」
ふいに聡士が声をかけてきた。
え!?まさか、寝た振りに気が付いた?
それでも、返事をしないでいると、
「まだ寝てるのか」
そんな独り言が聞こえてきた。
どうしよう。
起きようかな。
そう思って目を開けようとした時だった。
ふわりと唇が重なる感触がした。
キ、キス…されてる。
今までの強引なキスではなく、優しく重ねるようなキス。
一回きり、でも少し長く唇を重ねて、聡士はベッドを降りていったのだった。
ヤバイ…。
心臓がバクバクしている。
もう破裂しそうなくらいに。
今のキスの意味は何?
起こして何かをしようとした感じもなく、ただキスをして起きていった聡士。
やめてよ…。
心がまたフラフラするじゃない。
ゆっくりと目を開け、今起きたかの様な振りで起き上がった。
「あ、由衣おはよう。眠れたか?」
台所で水を飲んでいた聡士が、気づいて声をかけてきた。
「おはよう。お陰さまでよく眠れたわ」
さっきのキスには気付かない振りをして、笑顔を向ける。
だけど、唇にはハッキリと感触が残っていた。
「お前の服乾いてるよ。着替える?」
「うん。何から何までありがとう。そうする」
服を貰い着替え終わると、聡士に会ってから一度も確認をしなかった携帯をチェックした。
すると、着信が7件も入っていたのだった。
それは全て…
「大翔から、電話がかかってる…」
かけ直す勇気もなく、しばらく携帯を眺めていると、聡士が言ってきたのだった。
「とりあえず、電話をしてみろよ。話をしないと、何も始まらないぞ?」
「うん…」
恐る恐る大翔のアドレスを押し、電話をかける。
すると、すぐに出てきたのだった。
「由衣!!ごめん!今、どこにいるんだ?」
開口一番、大翔はそう言った。
口調から、かなり焦っている様子が伝わってくる。
だけど、大翔の声を聴いた途端、妙に冷静になる自分がいた。
「聡士の家。それより大翔、ゆうべはどうして来てくれなかったの?」
「聡士の…?何で?」
「私の質問に先に答えて。誰と何をしていたの?」
動揺する大翔に、畳み掛けるように早口で言った。
「それは…」
「話せないことなの?」
「そうじゃないんだ。ただ、きちんと整理してから、話したいというか…」
どうも、大翔の答えは歯切れが悪い。
いらだちも頂点に達し、一番聞きたかったことを聞いていた。
「一香と一緒だったの?」
「え?」
まさか、一香の名前が出てくるとは思わなかったのか、あきらかに動揺している。
「もう、いい。とりあえず、大翔とは少し距離を置きたいし、冷静になりたい。しばらくは会わないから」
それだけ言うと、電話を切った。
切る間際、大翔が何かを言いかけたけれど、それを聞く気にもなれなかった。
そして、そんな様子を見ていた聡士は、何も言わなかったのだった。
きっと、聡士は知っている。
ゆうべの事を…。
知らないのは、私だけ。

