「何か話、あるんだよね?」



 凛々子が言うと、浩二は神妙な面持ちで頷いた。

 向こうからマネージャーと、凛々子と入れ替わりに出勤してきた遅番の男の子が、にやにやしながらこっちを見ている。



「安堂ー、カレシかー?」



 なんて、遠くからからかわれたりして。

 凛々子はそっちを睨み付けると、ため息をついた。



「待ってて、着替えて来るから」



 これじゃ、ゆっくり話も出来ない。

 凛々子は更衣室に向かう途中、マネージャーの足を思い切り踏んづけてやった。

 浩二の車はガソリンスタンドの邪魔にならない場所に停めさせて貰う事にして、2人は歩いてすぐ近くの港の埠頭に、並んで腰を下ろした。

 凛々子が着替えている間に、浩二は烏龍茶のペットボトルを買っておいてくれた。



「大事な話なの?」



 お礼を言って烏龍茶を受け取りながら、凛々子は切り出した。

 浩二はコーラのペットボトルを少し弄びながら、うん、と頷く。



「中学生の時の、あの事件の日…思い出すのも辛いかも知れないけと、俺、ずっと謝りたくてさ…」



 やっぱり、それに関わる話だったのか。

 喫茶店でお願いしてきたサヤカの真剣な顔が思い浮かぶ。

 凛々子は、無意識に左腕を撫でた。

 だがあの事件は、浩司は何も関係ないはずだ。



「どうして…?」

「実はあの時…俺も、あの場所に、いたんだよ」



 言いにくそうに、浩司は歯切れの悪い口調で言った。

 凛々子は、驚いて浩二を見つめる。



「桜井くんが?」

「そうなんだ…俺、安堂さんが来る前に偶然、公園の外を通りかかって…」



 ーー…あの日。

 凛々子が公園に来る直前、浩二はあの中年男が女の子を連れ去ろうとしているのを目撃していた。

 だが当時は凛々子よりも背が低く、痩せて小柄な浩二は、あの女の子を助ける勇気はなかった。

 中年男が持っているナイフに恐怖して、その場から立ち去る事も出来なかった。

 ただひたすら怯え、ナイフで女の子を脅す男から、目を逸らす事も出来ずに。

 その直後、凛々子が公園を通りかかったのだ。

 それでも浩二は、一部始終を見ていた。