だけど、何もかもから逃げ出して、楽な方に行ってしまうテルラの人達の気持ちも、分からないではなかった。



「でも…これで済むんなら、それはそれでいいんじゃない? あたしが頭痛さえ我慢すればさ…今は、いい頭痛薬もちゃんと売ってるし…」



 だんだん酷くなる頭痛に顔をしかめながら、凛々子は言った。

 ホントは、テルラの人達を庇うのが理由ではないのに。

 もし、凛々子がこういう形ででも、テルラの人達と共存する事が出来たら。

 凛々子は、この世界にとって“異質なもの”ではなくなる。

 そうしたら、もっとレオンと。

 …一緒に、いれるかも知れない。

 それなのにレオンは、バカじゃねェの、と吐き捨てて。



「オマエは何処までお人好しなんだよ? テルラの連中は、 オマエの夢の世界を侵食しようとしているんだ。言っただろ、寄生虫みたいなもんだって」

「もし、侵食され尽くすと…どうなるのかな?」



 嫌な予感しかしなかったが、凛々子は一応聞いてみる。

 すると、レオンは淡々と答えた。



「オマエの意識の中の世界が侵食されるんだ、全うな精神でいられる訳がねェ。そのうち、オマエの心は崩壊するだろうよ」

「…………」



 言われてみて、凛々子は、頭の中でシュミレーションを展開する。

 テルラの人達に、凛々子の精神世界を全て浸食されて、凛々子の心が壊れた場合。

 誰か、悲しんでくれる人はいるのだろうか?



『やっぱりあの年頃で人を刺すなんて、真っ当な神経じゃないわよねぇ』



 噂好きな近所のオバチャン達が、さも楽しそうにこんな事を話しているのを、聞いた事がある。

 どうせ、元々あたしは、真っ当じゃないんだ。



「いいよ…それでも」



 無表情でそう言い放った凛々子を、レオンは見つめた。



「精神世界が蝕まれてあたしがおかしくなったって、あたしの現実世界では誰も不思議に思わないよ。だってあたし…」



 人殺しだもん。

 その言葉は、何故か唇から紡ぎ出される事はなかった。

 その代わり、込み上げてくるのは、果てしない嫌悪感。

 こんな自分が、吐き気がするくらい、嫌いだ。

 身体を折り曲げて吐きそうになっている凛々をちらりて見て、レオンは静かに言った。



「今のオマエ、あいつらと同じ顔してるな」



 ドキリとした。

 レオンは、店の一番奥、よくサヤカとランチを食べるいつもの席に、腰を下ろす。

 そして頬杖をついて、窓の外を眺め。

 昼間と違って、あのキレイな景色は全く見えなかったが。

 その横顔は、まるでこっちを見ていない。