更に主は、多くの人の手を介して、自分まで手紙が届く時間に耐えられず、玄関から招き入れ、直接ファウスに渡せるような手配までしてしまったのだ。

 この手紙に、どれほどの価値があるのか。

 彼は、いまだに理解できなかった。

「子爵令嬢は、何か特別なことを手紙に書いてらっしゃるのですか?」

 だからつい、出すぎたこととは思いつつ、彼女に声をかけていた。

 相手が、自分より低い使用人であるだろうことが、ファウスの口を軽くしたのかもしれない。

「普通の言葉で結構ですよ。ご想像の通り、私は下っ端の侍女ですから……ロニとお呼び下さい」

 彼女は、少し困ったように笑う。

 これまで、何度となく手紙を受け取ったファウスだが、必要最低限の言葉以外、彼女──ロニに語りかけたことはなかった。

「では、言葉に甘えることとする。ロニ……子爵令嬢は、私の主人にどんな魔法をかけたのだ?」

 彼の聞き方が、おかしかったのだろうか。

 真面目に聞いたつもりなのだが、ロニはクスクスと笑い出してしまった。

「いいえ、執事頭様。手紙は、いたって普通のものでございます。花が綺麗だとか、伯爵様を気遣う言葉だとか……目新しい奇抜な手紙ではございません」

 そんな手紙など、伯爵ともあろう主が、もらい慣れていないはずがない。

 なのにあの態度は、まるで主は子爵令嬢に熱い恋心でも抱いているかのようではないか。

 そんな怪訝の目は、彼女まで届いたのだろうか。

 暖炉の火を一度見た後、彼女は雨に濡れる窓を見たのだ。

「しいて魔法をあげるとするならば……雨、ですかね」

 ふふふと。

 ロニは、笑った。