うつむくしか出来ないそんな彼女の視界に、突然茶色いものが差し出される。

 上着から出したのだろうか、それは皮袋だった。よく分からないまま袋を受け取って開けると、中から──手紙が出てきた。

 少し乱れているが、ファウスの筆跡でロニの名が綴られている。

 あ。

 彼女の胸が、ぽっと温かい音を立てた。

 ロニが、ファウスに別れの手紙を送ろうとしたように、彼もまた同じことをしようとしたのだと、伝わってきたからだ。

 わざわざ雨の中、レインコートも着ずに子爵家に来たのは、これをロニに渡すためだったのだろうか。

 ぽぽぽぽぽっ。

 そう思うと、心の音がとめどなく流れ始める。

 ロニは、封筒の端の端を小さく注意深く指で切り取った。この部屋には、ペーパーナイフなんて立派なものはないので、彼からもらった手紙は、いつもこんな風に綺麗に開けるように努力していたのだ。

 彼がそうしたように、ロニもまた、ファウスの前で手紙を広げた。


 親愛なる長靴を履いた侍女殿、いや、親愛なるロニ嬢。


 いつもと同じ書き出しかと思いきや、文章の後半が形を変えている。

 違和感を覚えながら、彼女は視線を次の行へと移した。

 そこに書いてある文章を、ロニが読み終える前に。

「私ことファウス・ユーベントは」

 目の前の男が、そっくり同じ文章を言葉にし始めた。

「ロニ・アイフォルカ嬢に、正式に求婚したく思っております」

 甘くもなく。

 優しさどころか、怒ったような口調で。

 目の前の男は、手紙と同じ言葉を語りきったのだ。

 ええと。

 ロニは、動揺したまま手紙の向こうのファウスを見た。

 仏頂面の彼は──とても、冗談を言う人には見えなかった。