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 長靴をしっかりと履く。

 手紙を、鞄に入れる。

 手紙は、一通だけ。

 ロニから、伯爵家の執事頭であるファウスに宛てたもの。

 この配達は、子爵令嬢のためではない。

 ただ、自分のためだけの、初めての手紙の配達だった。

 レインコートに手をかけた時、扉がノックされた。

「ロニ……いる?」

 侍女仲間が、おそるおそる声をかけてくる。

 しまった。

 握ったレインコートを離せないまま、彼女は固まった。

 確かにロニは、もうすぐ次の屋敷へと行くが、今はまだこの子爵家の雇われ人なのである。何の用事も言い付かっていないのに、勝手に屋敷の外に行くことは出来ない。

 こんな姿を見られたら、きっとどこへ行くのかと問われるだろう。

「ロニ?……あっ!?」

 返事が出来ないでいる彼女に、もう一度怪訝な呼び声がぶつけられようとした時。

 変な悲鳴と共に、扉は強引に開かれたのだ。

 その光景を、ロニは言葉を失ったまま見ていた。

 ぽたぽたと髪や顎から水滴を滴らせ、青い顔で一歩踏み込んできた男が、そこにはいたからだ。

 いつもきっちりと、整髪料で撫で付けられているはずの髪は、雨のせいで見るも無残な様子で、ジャケットも水を吸ってずっしりと重そうだった。ズボンには、いくつもの泥が跳ねているし、革靴はもはや悲劇的な有様だ。

 だが。

 そこにいるのは、間違いなく伯爵家の執事頭のファウスだった。

 彼は、中で驚いたまま固まっているロニの姿を、厳しい表情のまま一度、上から下まで見つめて、こう言った。