父が執事頭をしている時代から、ずっと見習いをしてきた彼だったが、あんな主の姿を見たことはなかった。

 この女性が、何か変なものを手紙に混ぜているのではないかと、疑いたくなるほどだ。

 彼女をちらりと見ると、ファウスに期待のこもった笑顔が向けられた。

 白い肌にカワセミの背色の瞳を持ち、髪はしっとり濡れたような黒だ。実際、いつも雨でしけっているのかもしれない。やたら白い肌が目立つ気がするのは、太陽の出ない雨の日ばかり出歩くからなのか。

 同じ黒でも、ファウスの髪は少し湿度が足りないため、日々整髪料でしっかりと固めている。そうしないと、非常に見栄えが悪いのだ。

 そんな、いま27である彼の褐色の目から見て、彼女はどう見ても17~19くらいにしか見えない。ふっくらとした頬と、大き目の瞳が、女性を若く見せているようだ。

 最初は騙された彼だったが、ほかの使用人に「24ですって。若く見えますよね」と言われ、心底驚いたのだから。

「暖炉に火が入ってます」

 そんな彼女の顔を、もう一度まじまじと見て、「女とは分からない」と思いながら、ファウスは火のある部屋へと案内した。

 これから、主は手紙を熱心に読み、そして熱心に返事を書くのだ。

 それをまた彼女は、丁寧に皮袋に包んで持ち帰るので、待っていてもらわなければならなかった。

 身分が高くない侍女なのは、衣装や様子から分かる。

 こんな仕事を任されていることで、それは更に決定付けられる。

 それでも、主が玄関から招く相手なのだから、ファウスはそれに従い、最低限の礼儀は尽くしていた。

「ありがとうございます、助かります」

 暖炉に手を乾かすためにかざし、その暖かさを味わうように表情を緩める女性。

 この屋敷の侍女が、ホットチョコレートを持ってきたのを、匂いで気づいたのだろうか。

 彼女は、更にぱっと表情を明るくする。

「これ、大好きなんです。嬉しいです」

 不似合いなほど上質な長靴を、暖炉にちょっと伸ばすようにして乾かしながら、彼女はとても幸せそうだった。