親愛なる長靴を履いた侍女殿

 呼吸も忘れて、ファウスはそれを一気に書いた。

 しかし、ペン先はそこでぴたりと止まる。次に一体何を書こうとしているのか、自分でもまったく分からなかったのだ。

 迷うペン先を何度か揺らしながら、結局ファウスはつまらない文章を埋めることとなる。

 雨の中、毎回配達は大変だろう、とか。

 風邪に気をつけて、勤めに励んで欲しい、とか。

 本当に書きたいのは──こんなことでは、きっとなかったはず。

 そんなどうしようもない手紙だというのに、主の手紙と共に彼女に渡すと、あの瞳を雲の晴れ間のように輝かせたのだ。

 宛名は、ロニ・アイフォルカ。

 格下相手の表現ではなく、同格相手の形式だった。

「まあ、こんな……勿体無い手紙でございます、執事頭様」

 もじもじと恥ずかしがる彼女の姿は、ファウスにとって最早、愛らしいものにしか映らなかった。

 その日から。

 雨の日になると、彼女は二通の手紙を持ってくるようになった。

 主に宛てたものと、ファウス宛てたものだ。

 ロニを待たせている間に手紙の返事を書くと、彼女と語ることが出来ないと考えた彼は、手紙はあらかじめ書いておくようにした。

 これならば、多少手紙の内容に行き違いは出るが、彼女との時間を有効に使うことが出来る。

 雨の音と暖炉の火のはぜる音の中、ファウスは少しずつロニとの距離を縮めていったのだった。