彼の背中を見送りながら、物悲しい気持ちになる。

 本当に短い一瞬だったが、彼はただの配達人であるロニに対して、味方であるかのような態度を示してくれた。

 それがとても心強かった分、彼の興味は一過性のものだったのだと思うと、寂しく辛い気持ちになる。

 暖炉の前で、ぼんやりと長靴を乾かしながら、ロニは最後かもしれないホットチョコレートを飲み込もうとしたのだが、大好きなはずのこの飲み物が、喉をうまく通っていかない。

 お屋敷をクビになったら、どうしようかな。出来たら、長靴を履ける仕事がいいな。

 そんなことを考えていると、甘い液体が喉で止まってしまうのだ。

 結局ロニは、カップの中身を全部飲み干せないという、かつてない失態を犯したのだった。ついに執事頭の男が、主からの返事を携えてやってきてしまったからである。

 受け取ったそれを、大事に皮袋にしまおうとした時──ロニの視界に、不思議なものが映った。

 自分が持っている手紙とは違うもうひとつの手紙が、目の前の彼によって差し出されていたからだ。

 いつもとは違う整った筆跡で、宛名が書かれている。

 ロニの主人の名だった。

 しかし、それは格上相手に向けた、へりくだった形の宛名の書き方だったのだ。

 驚きと理解の出来なさに、彼女はそこで不躾なことをしてしまった。思わず、受け取ったもう一通の手紙をひっくり返して、差出人を見てしまったのである。

 伯爵家執事頭 ファウス・ユーベント

 おそらく、この目の前の男性の名であろう文字が綴られていた。

 ロニは、差出人と彼を何度も交互に見つめる。長い配達人生で、こんなことは初めてだったのだ。表情の読みづらいその褐色の瞳は、手紙を渡す前と何ら変わらない色をしているように見えた。

「ロニ……君の主人に、その手紙を渡してみるといい。仕事を失わないという保証は出来ないが、な」

 その、変わらない色のまま、言葉がひとつ添えられた。

 あれ?

 二通の手紙を握り締めたまま、彼女は固まった。いま、彼女の中でひとつ大きな鐘の音のようなものが打ち鳴らされた気がしたのだ。その大きさに、ロニは硬直してしまったのである。

 彼──ファウスは、彼女の味方をやめたのではなかったのだ。

 それどころか、ロニが仕事を失わなくてよいように、彼女の主に向けて手紙をしたためてくれたのである。

 こんなに心を砕いてもらったのは、本当にこれが初めてで。

 彼女は室内にいるというのに、少し塩辛い雨の味を味わうことになったのだった。