ここの執事頭は、とてもいい人だった。

「私が主人に、このことを伝えれば、どうなるだろうな」

 彼の言った皮肉は、「でも……私のお役目も、もう終わりかもしれません」とロニが答えた後、明らかに色を変えた。彼女を励ますように、助言さえ送ってくれたのだ。

 それで、ロニはもう一度、主を説得する勇気を得ることが出来たのである。

 その勇気は、あと一回の配達の機会を、彼女に与えてくれた。

 もう一回だけ、主は晴れの日の手紙を待ってくれることになったのだ。

 だが、たったそれだけで、何かが変わるとも思えなかった。

 せっかく執事頭に応援してもらったというのに残念だと思いながらも、手紙の入った鞄をしっかりと抱えて、ロニはそぼ降る雨の中を歩いた。

 雨の日ばかりに外出していると、雨の種類が実に数多くあることを肌で知る。

 温度、湿度、量、粒の大きさ、強さ──味。

 今日の雨は、少ししょっぱく感じながら、ロニは伯爵家の玄関へとたどり着いたのだった。

 執事頭の男は彼女の顔を見て、少し安堵した表情を浮かべた気がした。クビになったのではないかと、彼なりに心配してくれたのだろうか。

 しかし、ロニのクビは皮一枚で、かろうじてつながっているに過ぎない。

 晴れの日に、他の人間が手紙の配達を始めたら、彼はどう思うだろう。

 執事頭を介して手紙を渡す儀式が終わり、主が手紙をかっさらって二階に消えた後、ロニはこう言った。

「これが、最後の配達になりそうです」

 彼女は、心配してくれたこの人を、晴れの日の配達人を見て、がっかりさせるのが心苦しかった。そうなる前に、ちゃんと予告をしておきたかったのだ。

「せっかく助言頂いたのに、申し訳ありません」

 苦笑いになる自分の表情を止めることが出来ず、ロニは困ってしまった。

「……」

 そんな彼女に、言うべき言葉もないのか、若い執事頭は黙ったまま。

 それどころか、他の侍女にロニの案内を任せて、奥の方へと去って行ってしまった。