「それは……愚かな考えだな」

 衝撃からようやく立ち直った後、ファウスは言葉を搾り出していた。いつも通りのしゃべり方が出来ない自分に、軽い苛立ちを覚える。

「愚か、ですか?」

 カワセミの背色の瞳を持ち上げて、ロニは不思議そうに彼を見た。

「そうだ。せっかく私の主が、雨の日に君の主の名をつけているというのに、晴れの日にまで手紙を送るようになっては、他の女性と何ら変わらない。きっとすぐに、私の主人は興味を失ってしまうだろうな」

 ついさっき、女のあざとい駆け引きだと思ったことなど忘れ、ファウスは彼女に助言していた。

 これではまるで、互いの主の恋路を応援しているようではないか。

 仕えている立場としては、自分の主人がより出世することを願うべきだろう。

 しかし、いまのファウスの口は、予想以上に自分の思い通りになっていなかった。

「そ……そう、ですよね、執事頭様!」

 彼を映している瞳が、息を吹き返したように輝き始める。ロニから離れようとする雨の日の配達という役目を、しっかとその両手で引き戻した目だ。

 ロニは、自分のしてきた仕事に、小さいながらに自信や誇りがあったのだろう。

 だから、玄関でファウスと初めて顔を合わせた時も、これっぽっちも臆する様子はなかった。手紙を渡すのに時間が無闇にかかるのも、彼女なりの長年培った作法だったに違いない。

「私、もう一度お嬢様に、そうお伝えしてみます」

 言葉にはされないが、その瞳には感謝の色が宿り、容赦なくファウスに向けられている。

 それに、彼はどう答えたか覚えていなかった。「ああ」とか「そうだな」とか、どうでもいい返事しか出来なかったような気がした。


 その日、彼女が帰った後に、ファウスは自分の奇妙な動揺について冷静に考えてみた。

 そして。

 こういう考えに思い至った。

 いつの間にか、ファウスにとっても雨の日は──ロニという女性の名前がついていたのだ、と。