この空のした。〜君たちは確かに生きていた〜




 「―――旦那さま!忠蔵さま!!」



 母さまは声が届くところまで駆け寄ると、声をはりあげてお父上さまの名を呼んだ。


 呼び止められて、列になって力なく歩いていた会津兵のひとりがゆっくりと振り返る。

 顔も身体も血と煤で黒く汚れて、頬の肉も削げて痩せ細っている。

 その疲れ果てたお姿は、戦地へ赴いたこの二ヶ月のあいだに、いっきに年をとってしまったかのように見えた。

 それでもそのお顔は、まさしくお父上さま。



 生きていた。生きていてくれた。



 右肩や左の太腿に傷を受け、ボロきれを巻いてはいるけれど、ちゃんとご自身の足で立つことができ、歩くことができる。

 そんなお父上さまの虚ろな目に、精気が宿る。



 「……とき子」



 名を呼び返されると、母さまは涙ぐんで、お父上さまにしがみついた。



 「……ご無事で……!本当によろしゅうございました……!!」



 その言葉は、お父上さまの一度晴れた目に再び陰りを落とす。



 「……なんの。死期を見失い、この(ざま)じゃ。こんな情けないことがあろうか」



 いいえいいえと、母さまは何度も首を振る。



 「残ったお命は、これからの藩のために尽くされたらよろしいではございませんか。
 汚名に負けず、藩を立て直すために、お働きになればよろしいじゃありませんか」



 お父上さまは心底そうは思えない表情をしておりましたが、母さまの涙まじりの笑顔に目元を緩ませました。



 「……そうか。そうだな」



 お父上さまは柔らかい眼差しのまま、私とまつにお顔を向けられた。



 「おゆき。おまつ。お前達も無事でよかった。おまつの家族も、皆 大事ないか」

 「はい。皆 無事でございます」



 やはり涙ぐんでまつが頷くと、お父上さまは 「そうか」 と頷かれた。
 そして私を見つめたあと、誰に訊ねるでもなく小さくつぶやいた。



 「……八十治は」



 ふいに出された兄さまの名前に、自分でも顔が歪むのがわかった。

 皆をぐるりと見渡して、その表情で察したのだろう。お父上さまは、静かにおっしゃった。



 「そうか……。(せがれ)は……、八十治は先に逝ったか……」



 低く呻くようにつぶやいて、涙を堪えるように天を仰ぐ。

 まるで、兄さまがこの空の一部になったことを、承知しているかのようだった。