どれだけの時間が過ぎたんだろう。
私を閉じ込めている病室は蛍光灯の冷たい光で満たされていた。
「おはよう。もう夜だからこんばんは、かな」
傍らに彼女がいた。
「明日には梅雨明けだそうよ。ここのところずっと雨だったから太陽が恋しいわね」
ごく自然に話しかけ、控え目なメイクで笑う。
「月極先生?」
はい、と姿勢を正す。
「聞きたい事があるんですけど、いいですか?」
「答えられる範囲なら」
気になっていたんだ。
「先生は、ハーフですか?」
それが聞きたかったのね、どこか拍子抜けした表情で笑った。
「クォーターハーフよ。祖父が帰化したドイツ人なの。変わった名前でしょ? 月極め駐車場の漢字が気に入ってツキワと改名したんだって」
呆れていたようにも見えたけど楽しそうに名札を見せる。
「素敵なお名前ですね」
私が言うと照れもなく彼女は、ありがとう、と言った。
「アナタも素敵よ。ジュリエットみたい」
それは悲劇のヒロイン。
報われない恋に身を焦がした哀れな少女。
「母が名付けたんです。私、父親いないから」
愛した人と結ばれるのは死を迎えてから。
それならば私は、
「先生、もう一つ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「トキオが眼醒めないとわかったのはいつですか?」
緩んでいた目元が鋭くなる。
「ほんとうに知りたかったのはそれね」
私の恋は、生きている限り叶わない。
「彼が植物状態だと判断されたのは、オペを終えてからよ。黙っていたのはアナタのためだと、理解してくれるわね」
わかっている。
みんな私のために気を遣っているんだ。
でもそれは、
「……なぜ?」
アナタの心のバランスが壊れてしまわないように。
「私は彼の恋人なのに。私達は愛し合っていたのに」
アナタのためだと、理解してくれるわね。
「2週間も私は……彼が眼醒めるんだって待ってた………」
彼は、生きてる。
だから、今は安心して眠りなさい。
「私なんかどうなってもいい。だから、彼を戻して―――」
どうして行ってしまうの?
「彼を起こして。……そうじゃないと私、結婚なんてできない」
手を握ると暖かいの。
あの日のように私の心には言葉では現し尽くせないモノが溢れてくるのに、彼の手は動かない。
指輪を、アタシのほしがっていたジャスティンのペアリングを、
車の中に忘れてきたみたいだと申し訳なさそうに話し始める表情も、
二度としない。
「―――プロポーズされたの。学祭の舞台で王女役だった私に、永遠の愛を誓うナイトみたいに」
彼女は聞いていた。不思議な微笑みを携えて、洪水を起こした私の声を。
「あの日は、彼の誕生日だった。彼のお祖母さんのいる沖縄で迎えて、帰ったら一緒にイチゴの乗ったショートケーキを食べようって約束していたのに―――」
どうして私を連れていってくれないのだろう。
「先生。トキオは幸せだったんでしょうか?」
どうして私を残していくのだろう。
「トキオは今、幸せなんでしょうか?」
あの日、トキオの25回目の誕生日。
彼は、生きる屍になった。
私を閉じ込めている病室は蛍光灯の冷たい光で満たされていた。
「おはよう。もう夜だからこんばんは、かな」
傍らに彼女がいた。
「明日には梅雨明けだそうよ。ここのところずっと雨だったから太陽が恋しいわね」
ごく自然に話しかけ、控え目なメイクで笑う。
「月極先生?」
はい、と姿勢を正す。
「聞きたい事があるんですけど、いいですか?」
「答えられる範囲なら」
気になっていたんだ。
「先生は、ハーフですか?」
それが聞きたかったのね、どこか拍子抜けした表情で笑った。
「クォーターハーフよ。祖父が帰化したドイツ人なの。変わった名前でしょ? 月極め駐車場の漢字が気に入ってツキワと改名したんだって」
呆れていたようにも見えたけど楽しそうに名札を見せる。
「素敵なお名前ですね」
私が言うと照れもなく彼女は、ありがとう、と言った。
「アナタも素敵よ。ジュリエットみたい」
それは悲劇のヒロイン。
報われない恋に身を焦がした哀れな少女。
「母が名付けたんです。私、父親いないから」
愛した人と結ばれるのは死を迎えてから。
それならば私は、
「先生、もう一つ聞いていいですか?」
「どうぞ」
「トキオが眼醒めないとわかったのはいつですか?」
緩んでいた目元が鋭くなる。
「ほんとうに知りたかったのはそれね」
私の恋は、生きている限り叶わない。
「彼が植物状態だと判断されたのは、オペを終えてからよ。黙っていたのはアナタのためだと、理解してくれるわね」
わかっている。
みんな私のために気を遣っているんだ。
でもそれは、
「……なぜ?」
アナタの心のバランスが壊れてしまわないように。
「私は彼の恋人なのに。私達は愛し合っていたのに」
アナタのためだと、理解してくれるわね。
「2週間も私は……彼が眼醒めるんだって待ってた………」
彼は、生きてる。
だから、今は安心して眠りなさい。
「私なんかどうなってもいい。だから、彼を戻して―――」
どうして行ってしまうの?
「彼を起こして。……そうじゃないと私、結婚なんてできない」
手を握ると暖かいの。
あの日のように私の心には言葉では現し尽くせないモノが溢れてくるのに、彼の手は動かない。
指輪を、アタシのほしがっていたジャスティンのペアリングを、
車の中に忘れてきたみたいだと申し訳なさそうに話し始める表情も、
二度としない。
「―――プロポーズされたの。学祭の舞台で王女役だった私に、永遠の愛を誓うナイトみたいに」
彼女は聞いていた。不思議な微笑みを携えて、洪水を起こした私の声を。
「あの日は、彼の誕生日だった。彼のお祖母さんのいる沖縄で迎えて、帰ったら一緒にイチゴの乗ったショートケーキを食べようって約束していたのに―――」
どうして私を連れていってくれないのだろう。
「先生。トキオは幸せだったんでしょうか?」
どうして私を残していくのだろう。
「トキオは今、幸せなんでしょうか?」
あの日、トキオの25回目の誕生日。
彼は、生きる屍になった。

