「ねぇねぇ、あの人」

「素敵だねぇ。どこの旦那だろう」

 ひそひそと、女子(おなご)たちが囁き合う。
 その視線の先には、じっと店先の野菜を見る一人の男。

 すらりとした着流し姿のその青年は、確かに、はっと目を惹くほどの美男子だ。
 店の男連中ですら、ぼぅっと彼に見惚れている。

 ふと、美麗な彼が顔を上げた。

「娘。あんこはないのか」

 丁稚や手代と同じく、ぼけっと彼を見ていた店の娘に声をかける。
 魂を奪うほどに美しい青年に真っ直ぐ見られ、娘は心の臓が跳ね上がった。

「・・・・・・えっ・・・・・・な、何?」

 ようやく青年が商品について尋ねたのだと気づき、娘は慌てて聞き返した。

「あんこを買ってくるよう、呶々女(どどめ)に言われているのだ」

「・・・・・・あんこ?」

 ぽかんと娘は彼を見る。

「呶々女は、ここに来れば、あんこがあると言っていた」

 ここは八百屋だ。
 葉物や根菜が所狭しと並ぶ店先を見れば、菓子などないとわかろうに。

 娘は怪訝な表情で青年を見た。
 しかし青年の表情は、真剣そのもの。
 ふざけているようにも見えない。

 困ったように視線を彷徨わす娘に、ここぞとばかりに客の一人が割って入った。

「ああ、小豆だろ。ふふ、若いモンは、あんこが何からできるのかも、わかんないのかい」

 得意げに、青年に小豆を示して言う。
 青年は怪訝な顔で、小豆を見た。
 そして不意に豆を一つ摘み、口に放り込む。