ノックをして返事を待たずにドアを開けると 実咲がこれまで

過ごしてきたであろう部屋が目に入った

シンプルな家具と机 カーテンは淡い花柄で 同じ柄のベッドカバーが

きちんと掛けられたベッド

この部屋は実咲そのものと言って良いほど 彼女の匂いで満ちていた



「広いね 一人で使ってるの?」


「菜実が大学で出て行ってから 私ひとり」


「俺 てっきり実咲もそのつもりだと思ってたから 

相談すれば良かったんだよな」


「そんなんじゃない」


「そんなんじゃないって」


「昨日の……あれがプロポーズなの? ねぇ」


「実咲もそうだねって言ったから 俺はそうだと受け取ったんだけど」


「言ったけど だけど あんな時に言われるのなんてイヤ……そんなの……」


「そうだよなぁ しながら言われたのって」


「賢吾のバカ!」
 


僕は大失態を犯したらしい 言われて初めて気がついた

そうだよ あんな態勢で言った言葉がプロポーズなんて 

そんなの洒落にもならないよ

それをまた肯定するようなことを口にして 自分のあまりのバカさ加減に

滅入ってきた

当分会えなくなるのに ここで喧嘩別れなんて それこそ洒落にもならない


実咲への言葉を探すため 背を向けたままの彼女から少し距離を置いて座った

床のひんやりとした感触がジーパンを通してもわかるほど この部屋は

寒々としていた



「私 怒ってるんじゃないのよ ただ……」


「わかってる 俺が悪かった」



だんまりを続けることに 我慢できなくなったのは実咲の方だったようだ

背中を見せていたが くるりとこちらを向くと その場にゆっくりと座った 


じっと向き合ったまま また沈黙の時を過ごしていたが 

このままでいいはずもなかった

こんなとき どうしたらいいんだろう そう考えていたら 父のことを

思い出した

朋代さんとのことを反対されても 何度も桐原の家に通い続けたと聞いていた

父は誠実にと 常にその姿勢を貫き通したはずだ 

僕も決心した 同じ男として負けるわけにはいかない

さっきと同じように胡坐を解き正座をして 実咲……と呼びかけた



「いつかわからないけれど また実咲と一緒に暮らしたい 

そのときは結婚してほしい」


「はい」


「えっ 即答?」


「だって 一回返事をしてるし……」



僕から実咲に近づいたが 照れくささもあり まだいつもの二人には

なれずにいた

彼女の手をとり引寄せると ようやく体を預けてくれた



「このまま別れたらどうしようかと思った」


「うん ホントはね さっき とっても嬉しかったの だけど……」



僕を見上げた顔は バツが悪そうで いつもの実咲のはにかんだ顔で 

やっぱりこの顔が好きで……

額と頬と唇に 繰り返しキスをした

長い髪をかき上げて耳元にもキスをし ココじゃまずいよな と言うと 

バカ と当たり前の返事が返ってきた


やっとの思いで彼女の体を引き離し 立ち上がった



「お父さん達 心配してるだろう いこうか」



頷いた彼女の手を引っぱりあげ部屋を出た

さっきは一人で鬱々しながら昇った階段を 挨拶のやり直しをするために 

二人で一緒に降りていった