打ち合わせ先に向かう母と別れ 僕はまた駅への道を歩いていた

夕方まで降っていた雨はなく 吸い込む空気が湿り気を帯びていて 

鼻の奥へと湿気を運んでくる

見上げると 雨上がりの夜空は余計なものを洗い流したようで 

冴え冴えとした都会の空に 大きな月が姿を見せていた

気持ちの良い夜だった

胸のモヤモヤまでが晴れ上がったのか ずっと残っていた胸の中の騒ぎも

消えていた
  

僕の脳裏に 実咲の言葉が浮かんでいた


”人を許すのって難しいよね”


彼女は確かこう言った

あの言葉は仲村さんと同じ でも 僕が感じていたことと少しニュアンスが

違っていた

これまで 許すの意味を履き違えていたのではないか 

折れたのではない 許し受け入れたのか……


桐原の祖父は 娘である朋代さんと父を許すことで すべてを受け入れ

支援し応援者となった

僕には同じことは出来ないが 父たちの思いを受け入れることなら出来るのでは

ないだろうか


仲村さんから聞いた父の葛藤

母から聞いた僕への謝罪


それらを聞いて 両親の心の奥が少し見え 少しだけ理解した

十数年前 両親が下した決断で それぞれが自分の道を歩み 掴んだものが

あるならば 僕は僕の道を進めば良い 

今までと何も変わらず 今の僕のままでいいはずだ


祖父がすべてを知って二人を許し 応援者となったのなら 

僕はすべてを知りながら 知らない振りをして父たちに接していこう

これが僕の下した決断だった



実咲の声を聞きたくなって 携帯を取り出した

電話にでた彼女は 開口一番 お父さんのことはどうなったのと聞いてきた

休みの間に仲村さんに会いに行くと伝えていたため 気にしてくれていたようだ



『話を聞いて良かったよ 詳しいことは帰ったら話すから』


『待ってる 賢吾の声 元気そうで安心した』



話を聞いて落ち込んだんじゃないかとか 

気持ちが整理できなくて苦しんでいるんじゃないかなんて 

僕のことを気にしてくれていたらしい

誰かに心配してもらうのは嬉しいものだ



『あのさぁ……』


『なに?』


『……いや そっちに帰ってから話す』


『何よ 思わせぶりなこといって 気になるじゃない』


『うん やっぱり直接言うよ』


『もぉ ますます気になる』



ずっと考えていたことを口にしかけたが 実咲に直接伝えたくて 

仰ぎ見た月の美しさに見とれながら 「ねぇ教えてよ」と粘る実咲に 

あとでと言い続けた