「彼女のご両親が 娘を助けるために賢吾君が事故に遭った 申し訳ないって 

退院したあと ご丁寧にご挨拶をいただいたの……

そうじゃありませんとお伝えしても やはり気になるらしくてね 

ご迷惑をおかけしましたと 私にもお気遣いくださったのよ」


「そうだったんだ……」


「実咲ちゃんのご両親 とっても行き届いた方々ね だから彼女も良い子なのね 

彼女のこと ちゃんと捕まえておきなさいよ」


「捕まえてって そんなこと言われても」


「他の男に取られないようにしなきゃ この際 学生結婚でもいいわよ」


「はぁ? なんでそうなるかな 経済力もないのに

学生結婚なんかできるわけないじゃん」

 
「経済力がないからねぇ……ふぅ~ん 案外しっかりしてるじゃない 

そんなところはお父さん似ね」



これまで父のことなど二人の間では会話がないに等しかったのに 

話のついでのように母が父のことを口にした

離婚後 僕の養育費を大学卒業まで送る約束になっており 約束どおり 

父はずっと支払い続けてくれていることや 東京の祖父母にも 欠かさず

季節の贈り物をしてくれているなど 僕が初めて聞くことだった



「父と息子って ちょっとしたところが似てるの 

賢吾が妙に冷静なのも 父親譲りかもね」


「そんなに似てるかな……あのさぁ お父さんと別れたこと……

後悔したことある?」


「ないわ あの時離婚しなくても いずれ別れることになったでしょうから……

私は東京を離れるつもりはなかったもの」


「お母さんは 仕事を取ったってこと?」


「そうなるわね あの人と別れたから今の私があるの 

でもアナタの人生を複雑にしちゃったわね 

それは申し訳ないと思ってる」


「はは……複雑かぁ そうだよな 

二度も離婚した母親を持つなんて 滅多にない経験かもな」


「そう言われると何も言えなくなっちゃうわね 賢吾も嫌なことあったでしょう

その……私の事で何か言われたりとか」


「たいしたことないよ それに俺 人がどう思おうと気にしないところがあるし

親は親だと思ってたからさ もういいじゃん」



上目遣いに僕を見る母の顔は 僕の言葉に安堵して それでもやはり

申し訳なさそうな顔に見えた

二時間ほどの食事の間 僕らはこれまでになく話をした

母は僕に言えなかったことを口にし 僕は聞けなかったことを素直に聞けた

今夜はいつもと何かが違っていたのかもしれない