「桐原のおじいさん それほど反対してたのに お父さんや朋代さんのこと

許したんだよね」


「自分の娘だからじゃないか 自分の子だから折れて認めたってことだろう」


「そうかなぁ 私にはそうは思えないけど」


「じゃぁ どう思うんだよ」


「賢吾に優しかったよね あれは哀れみじゃないと思う」


「哀れみだけじゃないだろうけど 俺に申し訳ないって気持ちが

あったんじゃないかな」


「そうね でも大事にしてもらったでしょう? 

私 賢吾とおじいさんを見てて思ったもの 

いい関係だなぁって……懐の広い方だったよね」


「……俺もそう思う……」


「残念だね もう会えないなんて もう一度お会いしたかったなぁ」


「うん……」



実咲の言葉に込み上げるものがあり 通夜でも葬式でも流れることのなかった

涙が 僕の意思とは関係なく滲んできた



父のしたことを受け入れたわけじゃない

朋代さんの思いをすべて理解できたわけじゃない 


けれど 祖父母から受けた愛情に偽りはなく いついかなるときも僕へ

自愛に満ちた姿勢があった

それほど慈しんでくれた祖父の死を 実咲の言葉で今頃実感したのだった


祖父の死を素直に悲しみ 父たちの苦悩を受けとめた僕がいた


涙顔を見られたくなくてうつむくと 実咲の手が 僕の肩を引寄せ頭を

抱え込んできた

涙に気がついたのかそうでないのか 実咲の腕は僕を包んでいる

体は折れ曲がり辛い態勢になったが 抱え込まれた優しい手に体を預けながら 

僕は涙の乾くのを待った 


実咲の言葉は僕の本質をすくい上げ ともすると奈落に落ちかける心を

楽な方へと導いていく

意識してそうしているはずもなく だから僕も素直になれるのだ


当時の父の思いを聞いてみたかった

いけないことだとわかっていながら なぜ気持ちのままに進んでいったのか 

けれど父に直接聞いたところで お互い言いたいこと 聞きたいことが上手く

伝わらない気がした

葬式で声を掛けられたある人の顔が浮かんだ



「葬式で親父の古い知り合いに会ったんだ 東京に帰ったら

その人に会ってみようと思ってる」


「会ってどうするの?」


「当時のことを教えてもらう 親父達を追及するためじゃないんだ 

こっち側の考えだけじゃわからないこともあるかと思ってさ」


「そうだね それいいかも……やっぱり賢吾は落ち着いてる 

いつも冷静だもん」


「冷めてるって言いたいんだろう?」


「そうとも言うかな」


「やっぱりな」



昨夜は渦巻く思いで一夜を過ごしたが 今は心の重しが少しだけ軽くなっていた

実咲がそばにいてくれたことは 何よりの支えだった

抱えてくれていた手をほどき 今度は僕が実咲を胸に抱いた 

溶け合うように肌を合わせ 僕は深い眠りに入っていった