実咲に感情をぶつけているのはわかっていた

こんな抱き方をしても 何の解決にならないことだって知っている

けれど今は 彼女の肌に がむしゃらに向かっていくしか術を知らなかった



「……もう……賢吾を支えきれそうにない」


「あっ 悪い……」



短く謝ることで すべてを許してもらおうとするズルイ男になっていた

実咲の長い髪を掬い上げ 今更のように優しく肌を撫で 唇に謝罪した



「優しくできるじゃない 私壊れるかと思った」


「ごめん……俺……」


「ふふっ ウソよ」



実咲の冗談に笑いはしたものの 自分の不甲斐なさに嫌気がさした



「今の俺って無様だな……あっちでいろいろあって 頭ん中 まとまんなくて」


「ねぇ 話して楽になることだってあるんじゃないかな 私じゃダメ?」


「いや そんなことはないけど……」



髪を触っていた僕の手をはずしベッドから抜け出すと さっとシャツを羽織り

キッチンへ向かっていった

氷の揺れる音をさせながら戻ってきた彼女が渡してくれたグラスは 

春に似つかわしくない冷たさだったが 火照った手には心地よかった


ベッドの上で壁に背をもたせ 並んで座って喉を潤した

しまい込んでおくには胸の奥が膨らみすぎていた

時々グラスを口に運び舌を湿らせながら 話を逸らすことなく事実だけを

丁寧に並べていった

できるだけ感情的にならないように気をつけたつもりだ



「親父達をどんな目で見ていいのか わからなくなった」


「……そんなことがあったんだ……」



実咲は僕の方を向き手をとると 握り締めるでもなく繋ぐでもなく 

指先をなぞりながら ポツンと聞いた



「お父さんのこと嫌いになった? 朋代さんを嫌な人だと思った?」


「……嫌いになれれば楽かもしれない」
 

「だよね それができないのが賢吾なんだよね」



嫌いになる そんなことが僕にできるのだろうか 出来ないから苦しいのだ

親父達の苦悩も充分にわかる歳になっている だからこそ和音おばさんは

話してくれたんだろう

二人が出会ったいきさつを聞いて 常識や理性にさいなまれたであろうことも

想像がつく

けれど その当事者が父親であるということが 僕を悩ませていた

僕がもっと若かったら 反抗して わめき散らして 八つ当たりして 

感情をぶちまけたかもしれない

そんなことをしても何にもならない 愚かなことだとわかっている

わかっていながら気持ちの持って行き場がなく 実咲を乱暴に抱くことで 

消化しきれない思いをぶつけてしまったのだ

そんな自分にも腹が立っていた




「人を許すのって難しいね」


「えっ?」



そのとき すぐには実咲の言葉の意味がわからず 僕の話と関係のないことを

言い出したようでイラついた