退院すると 約束どおり そのまま父たちの住むマンションに連れて行かれた

いつもは 会えばぶら下がったり飛びついたりする葉月も 今日はおとなしく

お兄ちゃんの部屋を用意したのよと 普段は使っていない和室に案内してくれた


退院祝いだからと 朋代さんがご馳走を並べていく

僕の荷物を取りに行ってくれた実咲も加わり 久しぶりに手作りの料理を

口にした

今日だけ特別だと言って 父がビールをついでくれ 泡の苦味が強烈に喉に

伝わり 僕は顔をしかめた



「お兄ちゃん 生き返ったって顔をしてる」


「ふぅ……味を感じるって幸せかも」


「大げさなヤツだな」


「大げさだけど 本当にそう思うよ 

ベッドに寝てたとき遠くの方で声がしたんだ

返事をしようとするんだけど声はでないし 体も自由にならなくて……

葉月が呼んでるのはわかってた 葉月の声に励まされてたよ」


「私 ずっと お兄ちゃんって呼んでたんだよ だけど動かないし 

泣きたくなった……」


「そっかぁ ありがとな 葉月が呼んだから復活したのかもしれないな」


「復活って変なの」



葉月とのやり取りに 父も実咲も笑っていたが 朋代さんだけは様子が

違っていた

唇をきつく結んで それは小刻みに揺れ 涙も滲んでいるようだった



「産んで良かった……葉月を産んで本当に良かった……」



それだけ言うと嗚咽が聞こえてきて 両手で顔を覆ってしまった

隣りに座っていた父が朋代さんの肩に手をおくと 父にもたれるように

顔を隠して しばらく泣いていた


朋代さんの突然の泣き顔に 実咲も僕も驚きはしたが 葉月の呼びかけが

僕を救ったことへの 感極まった行為なのだろうと 

そのときはなんとなく納得したのだが 朋代さんの漏らした言葉は 

何か大事なことを含んでいるようでもあり 僕の中にずっと残っていった