僕ら兄妹は 一緒に住んだことはない

父の家に行くことはあっても そう何日も泊まるわけではなかった

それでも 妹がいるということは 僕にとって嬉しいことだった



『官舎に入るの? 大学に近い場所だって聞いたけど』


『いや 今回はマンションを借りた お前も泊まりに来いよ』


『ありがとう 助かるよ 

三年になると忙しくなるから 帰る時間も惜しいから』




父の家庭にはぬくもりがある

夫婦が夫婦らしく 親が親らしく

ごく当たり前の光景なのかもしれないが 僕にはとても眩しく写っていた


父の子である僕を すんなり受けれてくれた朋代さん

本当は すんなりではなかったのだろうと 今なら思えるが

子供頃の僕は なんのわだかまりもなく たまに行く父の新しい家庭に

馴染んでいた





「東京にもたくさん大学があるのに どうして地方に行く必要があるの」



受験の際 親子でずいぶん揉めた

希望する学科が東京の大学になかったこともあるが 家を離れたい思いもあり

母や祖父母の反対にあいながら 自分の意思を貫いた

家に不満などなかったが 一人暮らしへの憧れがあったのは確かだった

そんな僕のために 母は下宿やアパートではなく 学生には不似合いな

マンションを借りてくれた

大学から やや離れた場所にあるため 難色を示したが



「これだけは私の希望を言わせて」



我を通した手前 母の気に入る物件に決めざるを得なかった






「明日の朝は8時に集合だって 寝坊しないようにしなきゃ」



僕の腕から するりと抜け出して 小椋実咲は目覚まし時計をセットしている

大学から近い場所にある実咲の部屋に 僕はよく転がり込んでいた



「四月になったら 親父がこっちに転勤で来るんだ」


「そうなんだ 良かったじゃない 

賢吾ってお母さんに似合わず お料理するの 好きじゃないものね」



実咲が僕の腕に また戻ってきて何気なく言う

彼女は母の事を知っていた

部屋にあった母の料理の本に つい口を滑らせてしまったことがあったのだ

本の著者が母親だと告げると 思ったより意外な顔をせず

”そうなんだ 素敵なお仕事ね” と

他の女の子が示すような 大げさな反応をしなかったのに好感を持った

実咲には 家庭の事情は詳しく話してはいない

父の転勤で家族一緒に暮らすのだと思っているようだった