布団を干すなんて 僕の腕から抜け出す口実だとわかっていても

結局 彼女の言うとおりにしてしまう


このとき 誰かが部屋に来るのではないか

そう思ったことも確かだった




「ここのキッチン いつも思うけど使いやすいわね

調理道具なんて 私の部屋より充実してるんだもん 嬉しくなっちゃう」



たまにしか自炊しないと伝えたのに 母の選んだ台所用品は

それなりの道具がそろっていた


料理をすること自体 本当は嫌いじゃない

小さい頃から 見よう見真似でやってきたし 僕が台所に入ることを

母はむしろ喜んだ


だけど……自分で作って一人で食べるのは好きじゃない

料理は誰かのために作ったり 作ってもらったり それが本来の形だと

思っているから……





「ウチは母親が働いてたのもあるけど 高校に入るとき言われたの

材料は何を使ってもいいから自分でお弁当は作りなさいって 

初めは親が作ったおかずをつめることから始めて

そのうちに自分で作って そしたら面白くなってきて

学校帰りにスーパーに寄って材料を買って」


「すごいや 自分で弁当を作ってたなんて 道理で手際がいいんだ」


「今思うと 母親に上手くしつけられたって思うのよねぇ

親の帰りが遅いと 夕飯 何か作らなきゃ! って頑張るの 

そしたら それを褒めるのよ

”まぁ実咲ちゃん 助かったわぁ ありがとう!” ってね……

母の作戦勝ちよね」



実咲の家庭が見える

妹と弟がいるのは聞いていた

面倒見がいいのは 実咲が長女ってこともあるだろうが 

しっかりした家庭なんだろうと 実咲の話を聞いてその思いはより強くなった


そんな家で育った彼女……親も常識的なんだろう

僕は 実咲みたいに自分の家のことを誰かに言えない

言ったところで 返ってくる反応がわかっているから……

今までがそうだったように


親父はいないよ 小さい頃離婚したんだ 二度目の親父とも別れたばっかり……

付き合った彼女にそう告げると その後決まって距離が遠くなった

だから 自分の家族の歴史は口にしない 言わなくても良いことだって

あるはずだ


実咲が いつかは離れていってしまうのはわかっている

わかっているけれど……

もう少し……このまま……