気恥ずかしさを気取られたくなくて 手を伸ばし

実験材料のように 事務的に手にとり しげしげと眺めた



「ほぉ 自慢するだけあるね 素晴らしい髪質です」


「あはは 遠野君っておもしろい 今まで隠してたわねぇ」


「隠してなんかいないよ 誰も気がつかなかっただけさ」



体を揺らして彼女が笑う


指先に絡まった髪の感触を もっと感じたくて

手に巻きつけた髪に口づけた


実咲の体がびくんと反応した



「あっ……ごめん……つい……」


「うぅん ちょっとびっくりしただけ……」



素直な言葉に安心した僕は 実咲の肩を抱いて 更に髪に口づけた

実咲の頭の上に顔を埋める

スタイリング剤の香りではない 彼女の持つ淡い香りが鼻腔をくすぐる



「いい匂いがする」


「……私もさわってみたい 遠野君の手……」



肩においた手をはずし 背中から彼女の胸の前に手を差し出した

実咲は僕の手を 自分の手のひらの上に乗せてから ゆっくり包み込んだ


気になる相手に触れてみたいと思うのは とても自然なことだと

いつだったか 心理学の本で読んだことがある

何でもない相手には距離を置くが 気になる相手にはなんとかして触れようと

滑稽なほどあらゆる努力をするものだと 妙に説得力のある一文を

思い出していた


僕は実咲が気になっていた

好きだとか 恋しいとか はっきりとした感情ではないが

今より親しくなりたい思っていたのは確かだった



「華奢な手じゃないのに 綺麗……」



そう言うと 握った僕の手を 胸元に押し当てた


包まれているのは手のひらだけなのに

体中を羽毛で包まれたように 不思議な感覚

実咲から 言い表せない何かが伝わってくる


僕の手に触れたいと言った実咲

彼女も僕に特別な感情を抱いていたのだろうか

そうに違いないと思ったら 実咲が急に愛おしくなった


実咲の体を抱きしめていた 


友人だった僕と実咲の間に 恋愛感情が芽生えた瞬間だったのかもしれない



「実咲」


「うん?」



うつむいていた実咲の顔が ゆっくりと僕の方へ向けられた

僕も首をかしげて実咲の顔をとらえた


まるで打ち合わせをしたように

顔が触れあう間際まで互いを見つめ すっと目が閉じられる


吸い寄せられた唇が重なると

リズムを刻むように 唇をついばんだ



実咲の部屋で朝を迎えるようになったのは それからほどなく 

大学二年の夏が始まろうとした頃だった