薬を飲み終えたソウォンは手巾で口元を拭おうとした、その時。
ヘスの指先の方が早くにソウォンの唇へと到達した。
濡れた唇を指先が拭う。
桜色の柔らかな唇。
そこに触れていいのは、本人とヘスくらいだ。
ソウォンの濡れた髪を綿布で挟み、優しく水気を吸わせていると、ソウォンが僅かに振り返り口を開いた。
「世子様」
「ん?」
「私が至らぬばかりで申し訳ありません」
「何を申す。そなたは十分尽くしてくれてるではないか」
ヘスは常々思っている。
自由奔放なソウォンを、王宮という籠の中に閉じ込めてしまったと。
だからこそ、少しでもソウォンに寄り添い、憂いがあるなら取り除いてやりたいと。
櫛で長い髪を梳きながら、老いてもこんな風にして過ごしたいと思うヘス。
自身が玉座に就く時は、今よりももっと女人に対しても身分の低い者に対しても差を減らしたいと願わずにはいられない。
身分の低い者が世話をするのではなく、お互いに労われるような国を。
慕う女人を妻に出来たことだけでも倖せ。
ヘスがダヨンを世子嬪に迎えたことで、ヘスの知らないうちにソウォンが別の男に嫁いでいる可能性だってあったのだから。
暴君であれば、人妻でも宮中に召し上げることもあるが、例え玉座に就いたとしてもヘスはそんなことをするつもりはない。
縁あってこそ。
ソウォンが未婚であって欲しいと、この十年ずっと願い続けて来たのだから。



