「あの時、既に嘉礼都監が設置され、世子嬪揀擇が行われることになっていたので」
「……どういう意味だ?」
「そのですね、……正直に申し上げますと、世子嬪に選ばれたくなくて、わざと品行を悪くして選ばれぬように噂を立てられようとしていたのです」
「何だとっ?!」
「今だから笑って話せる話なのですが……」
ソウォンは苦笑しか出来ない。
まさかあの日、世子本人と会うとは思ってもみない上、平手打ちした相手が本人だとは……。
しかも、その本人の妻となり、今こうして世子嬪として生きることになったのだから。
「世子嬪になりたくなかったそなたが、今こうして世子嬪として私の妻になったことを後悔してるか?」
「いいえ」
ソウォンは即答した。
病に伏せて揀擇に出れなかったあの日。
とても悔しくて悲しかったのを覚えている。
あれから十年。
ずっと心に秘めて来た想いが、こうして実を結んだのだから、これ以上の幸せはない。
「世子様は何故あの日、私に大事なトルパンジを預けたのですか?」
ずっとずっと気になっていた。
証として何かを預けておくならば、他の物でも良かったはず。
そもそも素性も分からぬ娘に、しかも世子嬪だと法螺まで吹いた娘に預けるのは相応しくない代物。
世子だという身分を保証するような貴重な指輪なのに。
「何故だろう、私にも分からぬ。ただこれだけは言える。……後悔はしておらぬ」
肩が触れそうなほどの距離で湯に浸かる二人。
揺らめく湯気があるにせよ、お互いの表情はしかと見て取れる。
ヘスは桃色に色づくソウォンの頬に手を添えた。



