アルコールのせいか、話題が次々と変わっていく。

けれど佐名子さんが話すのは仕事のことばかりだ。



「ウチの名物機長を知ってる? 木沢機長」


「はい 機長アナウンスで旅行ガイドや短歌を紹介される機長ですね」


「木沢さんも小野寺さんが呼んだのよ あの人はすごいわ」


「すごいって 小野寺さんのことですか……」


「そう 私も彼に声をかけられたの 

クルーを名前で呼ばせることを思いついたのも彼なのよ」



佐名子さんが呼ぶ 「彼」 の響きが僕には切なかった。

今夜少し近づけたと思ったのに、距離はなかなか縮まらない。

僕にできることはないのか……

ふと木沢機長の話を聞き思いついた。 



「木沢機長を見習って 機内アナウンスの合間に歌ったりしたら 

お客さま驚くでしょうね」


「わぁ それ いいわ 歌うクルーね 評判になるはずよ」



言い出したのは僕なのに、はしゃぐ佐名子さんを見て急に恥ずかしくなった。

人前で歌うなんて、とんでもないことを口にしてしまった。
 


「あの 思いつきだったんですけでど 本気にしないでください」

 
「本気 いいじゃない 廉人君から聞いてるわよ 関谷君 歌が上手だって」


「アイツ 余計なことを……あっ でも歌うのは好きです」


「私ね 関谷君が柔軟な発想をしてくれたこと すごく嬉しいの」


「ありがとうございます こんな風に考えられるようになったのは

チーフのおかげです」


「関谷君と一緒に仕事ができて嬉しいわ」



僕も嬉しいです。

そう言いたかったが、そのひと言がいえない。

あなたに近づくには、もっと もっと経験を積んで、一人前になって

あなたの横に並びたい。

そして いつか僕が一人前になったら……


帳がおりた空を眺めながら、僕は密かに誓いを立てた。