「あ゛―もう最悪」

 ソファに横になり、目を閉じてしまったのは佐伯の美声のせいではない。

 軽いカクテルに、疲れで酔い、眠くなってしまったからだ。

「先輩! ……放っておこ」

 先輩がソファで寝ているというのに完全無視をしてそのまま歌い続ける佐伯はさすが私の後輩だ。

 たが、数曲適当に歌うと飽きてきたのか、

「先輩、西野さん呼んでいいですか? というか呼びますね。このまま先輩が起きるの待っててもいつになるか分からないし、タクシーに乗せるのも一人じゃ無理だし」

 西野は独身だし、家はこのすぐ近くだったっけか……。

 まだ寝てなかったら、来てくれるかな。

 電話はすぐに繋がったのか、佐伯は明るい声でしゃべり始めた。

「西野さん来るって。良かったですね、車に乗せてくれる人がいて」

 西野が車で来て、そのまま家まで乗せてくれればタクシー代が浮くのに、と思いつき、口に出そうとした途端、佐伯の低い声が聞こえた。

「そうやって先輩、いつも西野さんのこと振り回して平気なんて、ズルいを通り越して、最低ですね」

 目が冴えた。のに、瞼も開かず身体が動かない。

「西野さんのこと、何とも思ってないのに、まるで好きなふりして、本当信じられない」

 そんな、好きだなんて一度も思ったことはない。

「西野さん、弄ばれてかわいそう……」

 佐伯、どうして……。

「おーい、春奈」

 突然西野の声が聞こえた。起き上がろうとしたが、うまく目を開くことすらできない。

「あ、来たんだ……先輩がいるから、もちろん来るよね」

 佐伯の声が冷たくなる。

「何でそんな風に言うんだよ。陽太が起きないようにわざわざ毛布にくるんできたんだぞ? 香月のために来たとでも言いたいのかよ?」

 ダメ……その車はその後事故に遭う……。

「じゃなかったら来ないでしょ……。どうせ私と結婚しようとしてるのも、先輩が近くにいるからでしょ」

「どんな理由だよ。俺はたとえ、香月がそばにいてもいなくても、お前と結婚する。その証拠に今こんなに近くに香月が寝てるのに、俺は何とも思わないよ」

 だからその言い方はダメだって……。

「ほら!! やっぱりそうじゃない!! 香月先輩のことが好きで仕方ないんじゃない!!」

「興奮するな、よせ……。妊娠してるんだから」

 そうだ……佐伯、やっぱり妊娠してたよね……。

「やめてよ……私たち、お金もないのに……ここのカラオケ代だってどうやって払うのよ……」

 大丈夫、カラオケくらいなら私が……。

「香月に払ってもらえばいいじゃないか、全部」

 西野の声が冷たい。

「香月の彼氏金持ちだし。借りてもらえばいいし」

「そんなんで大丈夫かなあ?」

 佐伯の声はいやに軽い。

「大丈夫だよ。香西店長からも脅し取れば」

 ダメだよ……そんな方法……。

「とにかく、春奈は香月と友達のままでいろ。な? 香月は金持ちの友達が多いから」

「それってどうなの?」

 佐伯はまた、突っかかる。

「どんなこともないよ。ただそれが、俺たちにとって、一番いい方法なんだよ」