「あれー!? どうしたの!?」

 相手を待たせると悪いから、1時45分にはカフェに着いていようと思って早めに来たのに、四対は既に席に着き、コーヒーを飲んでいた。店に入るなり、店員が「お待ちしておりました」と案内すると思ったら、どうやら社長の力だったらしい。

「時間できたから、待ってようと思って」

 言いながら、ばっちりスーツを着込んでスマートフォンをいじっている。ブラウンの髪の毛にはパーマがあたり、ピンクのネクタイをして長い脚を組んだ若き社長は、この上なくオシャレに見え、存在感が全く違った。

デキる男が演出されているせいで、手にしているのはたかがスマートフォンといえど、仕事の続きを少ししようと思っていたのかもしれないと不安になる。早めに到着しておく、という気遣いが逆に相手の貴重な時間を奪うことになったのかもしれず、香月は悩みながら、おずおずと対面して椅子に腰かけた。

「ごめんね、早くに来すぎた」

「何が? そんな早くねえだろ。10分前」

 確かに、考えすぎか……。

「お待たせいたしました」

 注文もしていないのに、生クリーム多めでケーキも2つ乗った大きな白い皿にてんこ盛りのプレートとオレンジジュースが並ぶ。香月は、スマートフォンを酷使している四対を見つめ、

「これ、私の!?」

と、とりあえず確認した。

「そ。社長のスペシャルプレート」

「え、社長の? 四対さんもこれ食べるの?」

「いや……今は腹いっぱい」

 四対はこちらを見ようともしない。

 香月はそれはそれでいいやと、すぐにスプーンを持ってプレートの真ん中の生クリームから食べ始めた。

 前回もそうだが、四対はデザートに拘っている。

 あまり四対が好んで食べているところは見たことがないが、おそらく彼も甘党なのだろう。気持ちが分かる、ということは重要なことかもしれなかった。

 その証拠に香月のテンションは今、最高に高い。

「ねえねえ、何してるの? 」

 抑えきれずに聞く。

「……うーん…………、これ」

 まさか見せてくれるとは思わなかったので、少し驚いてから、画面を覗き込む。

「ダイビングのスポット探し」

 四対は指で画面をスクロールさせながら、海中の素晴らしい景観を次々に見せた。

「もしかして、オーストラリア!?」

「そ。やっぱあそこが一番いいかなあ……」

「じゃあやっぱ、クリスマス、行くんだ」

「4人でとかいうふざけた話なら、俺はパスだけど」

「えっ、じゃあなんで探してるの?」

 香月は深く考えることなく、目の前の相手に聞いた。

「お前なあ、4人でとか、マジ考えてるの?」

 いや、こちらを睨まれても、いや、私も4人でとはどうかと思いますけど。

「じゃあ5人? ……真籐副社長込みで」

「却下。何がおもしれーんだよ、あんなおっさん誘って」

「…………」

 まあ、確かに、烏丸のお供として四対に口うるさく言うことは間違いない。

「じゃ……2人で?」

 少し、考えながら聞くと、

「そうだよ」

 すぐに返事が返ってくる。

 友達と2人でオーストラリアに旅行……。友達の範囲を確実に超えているかもしれない。さすがにそれだと巽が頷かないかもしれない。

「……でもさ……私、烏丸さんと約束しちゃった。クリスマスは4人でって」

 副社長や巽の力によって、そんな約束をさせられた気がする。

「はあ!?!? 俺聞いてねーよ」

「そうかもしれないけど……今は準備段階の話だから。そのうち誰かから連絡いくんじゃないのかな? 」

 という流れだった気がする。

「1抜―けた」

「やっぱ烏丸さん嫌い?」

「誰も俺が好きだなんて思ってねーと思うけど」

 その、まっすぐな瞳でじっと見られてそう言われると、その言葉を覆せなくなるような気がする。

「だよねえ……なんかタイプじゃないっぽいよね」

「見え見えなんだよ。オヤジに就かせようとしてんのが。それはそれでいいとしても、わざわざ無力な娘が出る幕じゃねーよ。そういう回りくどいのが腹立つ。うざい」

 はー、それだけ言えるとすっきりしますね。

「へえー……。けどそしたら、皆して、烏丸さんの肩持ってる感じだったけど……どういうことなの?」

「烏丸は今一番良いポジションにいるからな。そこを押さえとかないと、と思ってるんだろうよ。俺はオヤジの方がどうも嫌いでね、そもそもが嫌いなんだ」

「……好き嫌いあるんだねー」

 プレートを食べながら言ったせいで、軽くなってしまう。

「普通だよ」

 目が合い、四対は真顔で答えた。そういう軽い話ではなかったらしい。

「そっか……。え、じゃあクリスマスはナシ!?」

「オーストラリアはまずない」

「烏丸さん、クルージングなんてどうかしらって副社長にきいてたけど」

「…………うーん…………」

 珍しく四対は悩んで、宙を見上げた。左手で顎を持ち、悩む姿は、社長というよりは、モデルや芸能人に随分近い。

「飯のみ。以上」

 それでも随分妥協したのかもしれない。

「誘いがあったらな。国際ホテルなら」

「スカイ東京? 久しぶりだね、そういえば附和さん、元気にしてるかな……」

「さあ。俺あんまり関わりねえから」

 その口ぶりだと、巽と仲が良いことは知っているらしい。世間は実に狭いものだ。

「ま、そこまでしてやりゃ充分だろ」

「いいじゃん? 最高だよ! 好きな人とクリスマスディナーなんて」 

 言ってしまって、手が止まる。あれ……言ったらマズかったかな……。

「だよな。俺も思う」

 妙に静かだな、と思いながら、顔を上げると目が合って驚いた。

「……じゃあ24日。そのつもりにしとく」

「いや、日にちは前後するよ、多少。クリスクスシーズンなら問題ないだろ?」

「まあ、そうだね……というか、みんな忙しい人ばっかりだから、無理かもねー」

「皆が合わせないってならいいよ、別に、俺は」

 あ、そうですよね。そういう位置にいますよね!

「合わせるでしょ、みんな。結構必死だったから」

「な? みんな仕事熱心だよな。俺なら会社のために、そこまでできないね」

 言われて、よく考えてみるとそうだ。巽なら、私益のためにそこまでしないだろうし、副社長も烏丸とのことがあるから存在しているようなもので。烏丸も、父親のためだとしたら、正常に起動しているのは、私たち2人だけということになる。

「せちがらい世の中だね……」

 言いながら、プレートを完食してしまう。

「おい……睫ついてる」

 四対に指摘され、慌てて頬を触った。

「目、閉じてろ」

 言われるがままに目を閉じて、手が触れるのを待つ。

「……クリスマス、2人きりならいいのにな……」

 頬を親指で触れられながら、周囲から財力を狙われる社長の寂しさのような物が伝わった気がした。

「そうだね、その方が気楽なのに」

 烏丸がいるだけで、無駄にライバル視してしまって疲れる。なら、四対と2人でハンバーガーでも食べた方がマシだ。

「いーよ、とれた……」

 四対はすぐに手を引く。

「けど周りから相手にされるっていいよね……。

 私、最近、四対さんしか友達いないかもって考えててさ。今日もランチ行こうと思っても、誰も誘う人がいなくて。結局ご飯食べずにここへ来たの」

言うなり四対は大きな目を開いて、

「悪かったな、マジで。矢松のオッサンが急に……」

「あ、そういう意味で言ったんじゃないから」

 香月は笑いながら、少し沈んだ四対の顔を笑い飛ばす。

「……佐伯と西野さんとね、もう連絡取ってないんだ……。あ、西野さんって知らないよね、今佐伯と一緒に住んでる元エレクトロニクスの人なんだけど」

「佐伯ってあの女か……。まあ、友達なんて作ろうと思っても作れるもんじゃねえし。

 友達作って何がしたいんだよ?」

「そりゃ、色々……まあ、四対さんはいっぱいいるから分かんないかもしれないけど、ご飯行こうと思って1人だったら寂しいよ?」

「アイツは相手にしないし、か……」

 四対の視線が何気にロレックスに向いた。

「けど、時計プレゼントしてくれたんだから、悪い方向には向かってないと思うんだけどね」

「お前、不幸だなあ……」

 四対は悪びれることもなく、堂々とこちらを見て言い切る。

「えっ、どういう意味よ!?」

 さすがに香月は顔を顰めて聞いた。

「…………いや……」

 珍しく目を逸らして、言葉を濁す。

「……避妊手術までして、追いかけてるのにね」

 心の底に溜まっていたことを、今なら聞いてもらえるかもしれない、と思って放つ。

「…………」

 それに対して四対は、何も言わずにただコーヒーを飲んだ。

 たった一言で空気が冷たくなり、香月もストローに口をつける。

 そのまま、しばらく時が流れた。

 深く考えると、涙が出そうだったのでやめた。

「別に、ありきたりな幸せを追いかけようだなんて、今更思ってないから」

 強がりのつもりで、思ってもいないことを言う。

 四対は目を逸らしたままだ。

 大きく、溜息をつく。

 四対が何か反応するかなと思ったが、何もしなかった。もしかしたら、何も聞いていなかのしもしれないし、興味もないのかもしれない。

「ごめん、そろそろ3時だね……」

 ロレックスを見ながらそう言うと、四対はこちらを見て、一緒に立ち上がると思っていた。

「あぁ……。悪い、俺はもう少しここで仕事して帰るから」

「あそう……。ごめんね、なんかすごく空気濁しちゃって!!」

 笑いながらそう言ったが、四対は何も反応しなかった。既に仕事のことを考えているのかもしれない。

「お金……いらない?」

 とりあえず聞く。

「あぁ……」

 四対は少し俯いて、笑いながら返事をした。