「忘れ物はないか?」



「はい、ちゃんと携帯も持ちましたし。」



「珈琲挽きはいいの?」



「はい。またここに来た時に飲みたいので……。」



「……それはエロいな。」



「…は?!なんでそうなるのでしょう。」



「嘘だって。てか、帰ったらちゃんと仲直りしろよ~?」



「…………。」



「………?」



「先生、その件ですが……」




彼女はキッと俺の顔を見据えて、口を開きかけるけど……。





♪~♪♪~……



携帯の着信音が…それを遮る。





「こんな時に……。はい、もしも~し、こちら一歩。」





…………。





「……えっ、ああ……、今から行く所ですよ。………ええ、まあ……。」




………?



「…実家から?ちょっと代わって。」



携帯を奪うと……、



なぜか彼女は、後ろを向いてしまった。





「…もしもし、すみません、仁志ですけど……」




『まあ!仁志先生!…お久しぶりね。』



どうやら相手は…彼女の母親。



「ご無沙汰しています。」



『な~んだ、先生の所にいたのね~?昨日帰って来るって言ってたのに…来ないんだもの。』



「すみません、でも彼女も十分に反省してるので……。」




『………?なんの話…?』



「え?だって昨日、お祖父さんと喧嘩したって…。」



『……?帰っても来てないのに?』



「………。あの…、いえ、何でもないです。今から帰るそうなので…よろしくお願いします。」



『ハイハ~イ。たまには先生も顔出してね?一歩がいなくても、うちはいつでも大歓迎なんだから♪娘の未来の旦那さんだし☆』



「はい、今度ゆっくり伺います。じゃあ……。」








電話を切ると。




一歩が……、


恐る恐るこちらへと…振り返った。





「あの~…、今ちょうど話そうと思っていたんです。許しておくんなまひょ……?」




「……で?……何?」




「喧嘩したと言うのは…嘘です。」




「………。そうだろーな。」



「でも、双眼鏡の事は本当で……。」




「…………?」





「…実は3年ちょっと前、あの家を出る日に……、久則が使わなくなったこの双眼鏡をくすねて上京したのです。」