火球が飛び交う中、『紅い菊』はキメラの攻撃パターンに不自然さを感じていた。
 激しく繰り返す破壊を楽しんでいるかのような意志と、そうではない憎しみを持った意志を、その攻撃の中に見いだしていた。これはキメラの意志が引き裂かれようとしているのではないか、『紅い菊』はその中に好機が潜んでいるのを感じていた。
 それでもキメラの攻撃は執拗に繰り返された。今ではそれは『紅い菊』に注がれている。その隙に美里や小島達は体勢を立て直していく。
「美鈴!」
 不意に『紅い菊』の耳に宿主を呼ぶ声が聞こえてきた。彼女はその声に耳を向ける。
「あの中にはハーリーティが飲み込まれているわ。この力の多くは彼女から放たれている…」
 それはキメラ攻略の一手となる言葉だった。ハーリーティなら宿主が知っている。何とかそれに接触してキメラとの繋がりを断ち切ってしまえば勝機は見えてくるはずだ。『紅い菊』はそう確信するとキメラの前で全ての動作をやめた。
 キメラはその行動に疑問を感じ、一瞬攻撃の手を緩める。残された触手の鎌首をあげると、この少女が次にとるであろう行動を探った。だが、その様子は見られなかった。ならば取る手は一つだった。
 キメラは身構えていた全ての触手を『紅い菊』に降らせた。
 鋭い牙が『紅い菊』の肌を貫き、その身体から迸る血液で咽を潤していく。
「美鈴!」
 美里の声が響く。
 だが『紅い菊』は気にもとめずに笑みを浮かべている。
「お前の負けだ…」
『紅い菊』はキメラに対してそう言うと静かにその瞳を閉じた。
 そうして宿主である美鈴の意識をキメラの奥底に送り込んだ。
 不意に意識が戻った美鈴は変化した周囲の状況に唖然とした。
 そこは多くの意識が寄せ集められた混沌とした場所だった。
 それらはただ憎しみに支配されており、ただ破壊を楽しむ機械のように渦巻いていた。
 一体、ここは何処なのだろう?
 美鈴は断片的に残されている記憶を辿った。
 そして多くの触手を持った『もの』に辿り着いた。
 そうだ、ここは『もの』の中なのだ、だが、美鈴には自分が何故ここにいるのかがわからなかった。
 そんなとき、彼女の心の中に『紅い菊』の意識が流れ込んできた。
『紅い菊』は言った。
 このキメラの中の何処かにあるハーリーティの意識を探り出せ。そしてその意識をキメラから引き離せ、と…。
 既にキメラは多くの人を傷つけている。その活動を停止させなければ、もっと多くの人を傷つけていくだろう。美鈴はそれだけは止めたかった。その多くの人たちの中には、彼女の友人達も含まれてしまう可能性があったからだった。
 そのための方法であるならば試してみる価値はある。
 美鈴はそう思い、キメラの奥底にあるはずのハーリーティの意識を探り始めた。
 周囲には様々な獣たちのふるさとを追われる姿、引き裂かれる家族の様相が満ちていた。そして積もり積もった人間達への憎しみが満ちていた。
 その中で三筋は少し違った様相の思考に行き当たった。
 そこにある多くの思考は、人間そのものに対して憎しみを抱いていたが、その思考は特定の人物に対して強い憎しみを抱いており、そして、その憎しみが最近満たされたことを物語っていた。
 美鈴はその思考に興味を持ち、キメラの意識の中を泳いでいった。
 その思考はキメラの中では既に数少ない存在だった。憎しみを果たし、その存在理由を失ったためにそうなっているのだろう。だが、キメラは残ったその存在を消し去ろうとはしていなかった。むしろその存在を擁護しようとさえしているように美鈴には見えた。
 それは何故なのだろうか、美鈴はその答えを見つけるために、キメラの意識の更に奥底へと沈んでいった。
 キメラの心の深淵、そこに一匹の犬の死体があった。
 そして、その傍らにハーリーティの姿があるのを美鈴は認めた…。