上空から舞い降りてくる羽ばたきの音を孝は背後から聞いた。それは美佳の瞳をじっと見つめていたときだった。その羽ばたきが終わると強い獣の臭いが孝の鼻をついた。
 背後で何かが起こっている。そう感じって美佳の顔を見ると彼女の表情が固まっていた。 孝は恐る恐る背後に視線をやった。
 そこには見たこともない生き物が二人をじっと見つめていた。いや、正確にいえば孝の体を通り越して美佳を見つめていた。
 それは肩までの高さが約二メートルほどあった。頭部と思われる場所には三つの獣の顔があり、背中には大きなコウモリのような翼が一対生えている。尾は二つに分かれ、翼の下から蛇のような触手が生えていた。
 三つの顔の中心のそれが不気味に笑っている。そうしてそれは二人の方に躙り(にじり)寄ってくる。
 孝は美佳を庇うように両手を広げて彼女と獣の間に立ちふさがる。獣の触手が鎌首を持ち上げる。
(こいつは美佳を狙っている…)
 孝は獣の視線を辿ってそう悟った。
 美佳を守らなくては…。
 そう思う反面、孝の脳は危険だという警鐘を鳴らしていた。足が、膝ががくがくと震えているのがわかる。
 獣は勝ち誇ったようにゆっくりと近づいてくる。
「和田さん…」
 孝は後ろにいる美佳にだけ聞こえるような声で彼女に伝える。
「ここは僕が…」
「何言っているのよ。あなたがどうにか出来るわけ無いじゃない」
 美佳もまた、同じような音量で孝に返す。
その声が震えているのを孝は知った。
「だけどあいつは君を狙っている」
 孝は後ろを振り返ろうとする。
「目を反らしては駄目。そのとたんに襲ってくるわ」
 美佳は孝の動きを制した。
 二人はそれが近づいてくるのに同調して距離をとるために後ずさっていく。だが、背後には高い塀がある。
 絶体絶命とはこのことだ。
 孝はそう思った。
 触手が狙いを定めているようにその首を左右に振っている。やがて焦点があったのか、その動きが止まる。
 空気が固まる…。
 触手が一斉に二人に襲いかかる。
 どおぉぉん。
 突然火薬のはじける音がしたかと思うと、触手の中の数本が赤黒い血液を辺りにまき散らしながら地面に落ちる。
 獣が、キメラⅠが音のした方向を睨み付ける。
「おうい、お二人さん。大丈夫かい?」
 妙に間延びした声で横尾雅也が言った。
 二人を狙っていた触手が今度は横尾に狙いを定めて襲いかかる。
 横尾はそれに銃弾を数発浴びせると硬直している孝と美佳に言った。
「今のうちに逃げな。こいつの相手は俺が引き受けるから」
 横尾ははまるで楽しんでいるようだった。