キメラは目覚めた。深い森の中、誰も来ることのない場所で深い眠りに入っていたのだ。
 既に憎しみの一つは果たすことが出来た。その瞬間からそれは力を温存するために眠ったのだ。多くの生き物が息を吹き返す季節まで時が過ぎるのを待っていたのだ。
 しかし、眠っていたとはいえ流石に消耗していた。行動を起こすためにはあと少しだけ力の源となるものを吸収しなければならない。それはキメラにとって必ずしも心地よいものでもなかった。全く関係のない命を自らのものにするということだからだ。
 けれども、そんなことをいっている状態ではなかった。ただ単に存在を維持していくだけであれば、そのようなことは特に必要なことでもなかった。しかし、これから大きなことを起こそうとしているのだ。キメラの中に内在する多くの意志がそれを実行することを望んでいるからだ。それにふるさとを奪っていったのは人間ではないか。そのような存在に情けをかけることもない。キメラの中の多くの存在がそう告げていた。
 キメラは再び変化した。
 そして里山を下りて街の中に紛れていった。
 そこには多くの人間たちがいた。自らに危険が迫っているということなど考えもしないように全く無防備に…。
 キメラは獲物を物色した。
 出来れば老いた命よりも若いそれの方が良い。その方が生命の力に満ちており、自分により多くの力を授けてくれるからだ。だが、若すぎてもいけない。それらが持つ生命力はひたすらにその成長に使われてしまい、感情が不足しているからだ。適度に感情があり、若い生命力を持っているもの、それは発情期が始まった頃の人間だった。そして雄よりも雌の方が良い。雌は月の力に支配されており、雄よりもより神秘的な力に溢れている。そして何よりも生命体として完全な遺伝子を持っている。雄の遺伝子は欠けているのだ。
 キメラは望む年代の獲物が来るのを待った。息を潜めて待った。
 街は夕暮れ時。人間は群れをなしてキメラの前を通り過ぎていく。
 子供を前や後ろに乗せた自転車が走り、四つの車輪をつけた入れ物たちが走っていく。
 そんな中で、キメラは自らの要求に合致する人間を見つけた。
 それは栗色の体毛をしており、紺色の衣服をまとっていた。その傍らには雄が寄り添っている。
 雄が邪魔だ。何とか引き離すことは出来ないものか。
 キメラは考えを巡らせた。そして一つの答えを見いだした。
 キメラは全身に力を漲らせた。体の中心を走る骨に沿って力を外側に向けていった。キメラの全身の筋肉が大きく波打つ。やがてそれの体は体の中心を走る骨に沿って亀裂が入った。その亀裂は次第に広く、大きくなっていった。そして、キメラは二つになった。
 二つに分かれた片方のキメラには背中から大きな羽が生え、もう一方のものからは無数の触手が生まれ出た。仮に羽の生えたキメラをキメラⅠと呼び、もう一方をキメラⅡと呼ぶことにしよう。
 キメラⅠは大きく羽ばたき、目の前を歩いて行く二つの人間の上を飛んだ。
 キメラⅡは、物陰からその様子をじっと伺っていた…。