二人の目の前には青い光に包まれた上品な女性の姿があった。その女性は僅かに怒りの表情を浮かべているようでもあった。
「何故この子たちを連れ帰ってはいけないんだ?」
 啓介は女性に向かって身構えている。美鈴は両者の様子を伺っている。
 女性は静かに翔の方へ近づいていく。
「その理由はこれを見ればわかるだろう」
 女性はそう言うと翔のシャツをまくりあげた。果たしてその体には無数の傷跡やあざがあった。
「酷い…」
 翔の思考を既に受け取っていた美鈴は、彼が虐待を受けていたことは知っていたが、まさかこれほどとは思っていなかったので驚嘆の声が思わず唇から漏れてしまった。
「見ての通りだ。この子供を家に帰せば再び傷つけられるだろう」
「一体誰がやったって言うんだ?」
「母親よ」
 美鈴の沈んだ声が吸い込まれていく。
「虐待っていうやつか?」
 啓介が信じられないというように首を横に振る。
「そうだ。この子供の声を聞いて、私がここに保護した」
 そう言うと女性は振り返って近くで遊んでいる子供たちを指さした。どうやら消えてしまったといわれてる子供たちのようだった。
「あの子供たちも同じだ。それでもお前たちは連れ帰るというのか?」
 女性は二人に詰めよってくる。
 その問いに対する答えを持ち合わせていない二人は思わず絶句してしまった。
 確かに女性の言う通りなのだ。このまま連れ帰っても、この子たちにはまた地獄の日々が待っているだけなのだ。だからといってこのままにしておいてよい筈もない。二人はどのように対処すべきなのか考えを巡らせた。
 しかし、答えは出てこなかった。
 そもそもこの問題は大人たちの問題なのだ。十四歳の自分たちが介入しても解決の糸口が見えるとは思えない。この子たちに地獄の日々しか待っていないのならば、ここにいた方がいいのではないか。美鈴は無邪気に笑う子供たちを見てそう思った。
 それを見越したように女性が呟く。
「親に傷つけられる毎日であるなら私に返してもらうのだ。この子たちはまだ神の手にあるのだから…」
「神の手にあるって、どういう意味なのですか?」
 美鈴は女性に対して疑問をぶつけた。すると女性の目が穏やかに変わり、二人に向かって言葉の意味を説明し始めた。
「ここにいる子供たちは皆、親とは暮らせなかった魂なのだ。口減らしのために捨てられたり、堕胎されてしまった魂なのだ。だが昔の人間たちは、生きていかれない子供を捨ててしまうとは思いたくなかった。そこで七歳までは人ではなくて神から授けられたものとしたのだ。子供を捨てたのではなく、神の手に返したとな…」
「そんな身勝手な…」
「だが大人たちはそう考えないと生きていけなかったのだよ。それを誰が責められる?」
 女性の問いかけは、二人にとってとても重いものだった。口減らしのために子供を捨てる、そうしなければ一家全体が生きられない。親にとっては苦渋の決断だったのだろう…。
「その救われない魂を私は守り、穏やかに時を過ごせるようにしてきたのだ。だが時代変わった…」
「子供を傷つけたり、時には殺してしまう親が出てきた訳か…」
 啓介が呟く。
「そうだ、時代が変わり人々は豊かになった。だが心を失ってしまった…」
「だからあなたが保護し始めたのね」
「その通りだ。親元にいてはこの子たちは不幸な結果に終わってしまうのだ」
 女性の言葉が哀しく響く…。
 どうすればこの問題を解決できるのか、それは女性の心の中にもないようだった。
 この子たちの親が変わらなければ…。
 その方法を見つけなければ…。
 それは、そこにいる誰もが願っていることだった。
 美鈴と啓介は互いの目を見合って、やがて決心した。
「わかりました。私達は一度元の場所に帰ります。でもこの子だけは連れ帰らせてください」
 美鈴は絵美の肩を抱いていった。
「いいだろう。元々その子は巻き込まれてここに来てしまったのだからな」
 女性は静かに答え、そして名乗った。
「私はハーリーティ。答えが見つかったらまたここに来ると良い」
 ハーリーティはそう言うと美鈴の方に手を差し伸べた。
 美鈴はただ頷いてそれに応えた…。