それは暗闇の中で意識を取り戻した。
 そこは酷く湿っていて冷たいものが取り巻いている。いつここに来たのか、どうしてここにいるのか、それにはわからなかった。ただ幸せだった時間が終わってしまったことだけは確かだった。
 それは長い時間彷徨っていたことを覚えていた。雨に濡れ、風に吹かれて凍えてしまうように感じた季節、熱風のようにアスファルトで覆われた地面に曝された季節、それらはいずれもそれに辛い思いをさせてきた。
 だが、最近そんな日々が終わった。
 住宅街の中にぽつんと作られている広い空間を訪ねたとき、初老の人間の女に拾われ、彼女の家に連れて行かれたからだ。
 そこには数匹の同種の生き物と、快く思えない生き物が住んでいた。どの生き物も手入れをされてのんきな顔をしている。それは自分もそういった生き物たちの仲間に入ったことを知った。しかし、まだなれていない群れに入るにはそれなりに礼儀というものがある。それは部屋の片隅に身を置き、生き物たちの様子を見守った。
 生き物たちもそれと同じような態度を示すものが多かった。中にはそれに興味を持って近づいてくるものや、鋭い目で睨みつけるものがいたけれども、時間が経つうちに生き物たちはそれを受け入れてくれた。
 やがて時が経ち、小さな使い古された食器に見慣れないものを入れたものをその女は与えてくれた。生き物たちはそれを待っていたかのように食器に駆け寄り、見たこともないものを頬張り始めた。それも生き物たちに混ざってその食べ物を頬張った。
 その食べ物は肉と魚の風味と味がした。堅く乾いたものだったので口の中で細かく砕かれ、飲み込むには少し苦労したが、腹を膨らませるには十分すぎる量があった。これまで人間のはき出した残飯を漁っていたそれには考えられない待遇だった。
 だが、その幸せは長くは続かなかった。
 何度目かの食事の時人間の女はそれだけに特別なものを用意してくれた。その食事は適度に油の混ざった挽肉のようだった。少し薬くさい感じもしたのだが、それは気にせずに貪り食った。
 食事が終わった頃、それは引き込まれるような眠気に襲われた。それはその眠気に対抗することが出来ず、いつしか深い眠りに落ちていった。
 そしてここで目覚めたのだ。
 そこは酷く暗く時々何かが目の中に入ってきた。
 鼻に入ってくる臭いからそこが土の中だということをそれは知った。だが何故そこにいるのかはわからない。ただ眠っている間にそこに入れられてしまったのだろう。
 そこは寒かった。
 そして再び訪れてきた睡魔にそれは抗うことが出来そうになかった。
 まどろみ始めたそれの意識の中に不意に言葉が入り込んでくる。
『眠っては駄目だ…』
 その言葉はとてもはっきりとそれの意識の中に入ってきた。
 それは自由のきかない体を微かに動かしてその言葉の気配を感じようとした。
 その言葉は、それの中にあるものであり、それの周囲を取り囲んでいるものであった。
 それは微かな声を上げた。
 再び言葉が生まれた。
『おまえを生かしてやろう。』
『ここから出してやろう』
『だから我らに力を貸せ』
『我らの思いを人間たちに伝えよ』
 言葉がそこまで言ったとき、それを縛っていたものがなくなり、体に力がみなぎってきた。
 それは爪で土を掻き始めた。
 上へ、上に向かって…。