母に抱えられ、庭の離れにある祖母の部屋に運ばれた。
というのも、実家は現在来客中で、そのすきを突いて私が決行したから。

おばあちゃんの部屋で、自殺の失敗を悟った私は、昔された胃洗浄を思い出し、不必要に苦しみたくないと、飲んでいた薬を吐いた。

そのころしょっちゅう自発嘔吐(指を突っ込んで自分で吐くこと)をしていたので、薬はあっさりはけた。


やがて母がやってきて、客人は帰ったと告げ、実家のリビングに運ばれた。
ぼんやりしていた。
母が何やら私の足を消毒し始めたのを見て、私は落下の衝撃で足に怪我をしていることに気付いた。


けれど、相変わらず感覚はなかった。
リビングであおむけに寝ている私に、母は聞いた。
「病院、行く?」



笑えた。
さっきまで首つって意識失った娘相手に、あわてて救急車を呼ぶでもなく、
「病院、行く?」
なんて冷静に聞く母は、やっぱりちょっとおかしい。




私は、そう、自殺が失敗したらきっと入院しようと思っていた。


この一年、いろいろあった。
もう、生きるのが面倒だった。
ああ、もう、とにかく、「此処から」逃げたい。
此処がどこを指すのか、もうわからないけれど。

「病院いきたい」
つぶやくと、母はいつもの心療内科に電話をかけ、私は母の車で、そういつもの外来みたいに普通に病院に連れて行かれた。




ーーーーーーーーーー
けれど病院の待ち構え方はいつもと違った。
看護師が車いすを持ってきて、私はそれに乗せられ、なんだか病院の一番奥に連れていかれて、やがてドクターがやってきて、足の裏の反射とか、瞳孔とかをチェックして、私に聞いた。
「ちょっとね、首をつったってことだけど」
 
わたしの幸いは、このときの医師が、多くの人の体験談にあるような「冷たい」医師ではなくて、笑顔の優しいおじいちゃんだったことだ。
何より私は、私の死にたいほどの衝動の緊急性に気付いてくれた医師の態度がうれしかった。


母なんて、救急車すら呼んでくれなかったのだから。


ドクターは続けた。
「お薬とかは、飲んでないかな?」
母が横から
「飲んでないよね」
と答えたけれど、ドクターはそれを無視して私に答えを促した。
 名医にちがいない。


「飲みました、でも大した量じゃなくて、失敗したって気付いたときに全部吐きました」
答えると、母は驚いて絶句した。
ドクターはうんうんとうなずいて、何をどれくらい飲んだか、どのタイミングで吐いたかを聞き、胃洗浄の必要なしと判断した。


 そして、彼はきいた。
「きっと、よほど辛いことがあったんだと思うけどね」
「今、助かってくれて、ぼくたちはうれしいんだけど」
「このままお家に帰っても辛いんじゃないかなと思うんだ」
だから
「入院っていうのは、どうかな」

2012.11.8 16:42
はなの