病棟では、午後三時になると、ヘルパーさんが
「ジュース何にする?」
と聞きに来る。


 例の小遣い預かり金、から、紙にサインした金額のジュースを、どこか違う建物にあるらしい自販機からヘルパーさんが買ってきてくれる。


 お年寄りが多いから、ココアとかコーヒーが目立つけれど、先日みかけた少年はペプシを飲んでいた。


 私は今まで、泣いていて不機嫌だったから、ジュースタイムには参加しなかった。
小遣い預かり金を取られているのも不愉快だった。

 でも、使っても使わなくても預かり金はとられる。
少しでも入院生活を楽しく過ごそう。

 そう思った私は、その日初めてジュースタイムに参加した。


廊下で渡されたペプシを飲んでいると、掃除をしていたヘルパーさんに
「ええもん飲んでるなぁ。うらやましいわぁ」
と言われた。


 全く悪意のないその言葉に大きく傷ついた。


 ペプシぐらいいくらでもあげる、掃除もかわってあげる、だから


 代わりに入院して?




うらやましいのはこっちだ。
 おかげで泣きそうになり、また廊下をウォーキングした。
このころには、狭い廊下のみだけれど、慣れてきていた。

 先日みかけた中年男性とも、すれ違うと会釈をするようになっていた。
なにより人恋しかったので、私は積極的に看護師さんやヘルパーさんに話しかけた。


 首にグロいあざさえなければ、私はいたってまともな人に見えただろう……と、思いたいけれど、実際はすぐに泣きそうになるし、不安定極まりなかった。


 ナースステーション直結のお部屋にいる、寝たきりのおばあさんが、面会に来ていた……お孫さんだろうか、に、何度も何度も
「またきてや」
と言って手を振っていた。
 お孫さんが部屋から出ると、悪い体をむしり取るように、なんと自分でベッドの上に上半身を起こして、孫が消えていくのを見つめていた。

 そんな姿を見ると、ますます泣きたくなる。

……まあ、私には面会すら許されていないけれど。


 仕方なく部屋に戻り、父から差し入れられた「邪馬台国はどこですか」を読みふけった。



ああ、明日、明日。
なにか進展がありますように。

いつまで此処にいなきゃいけないのか、いつまで持ち物を取り上げられるのか、さっぱりわからない状況で耐えるのは辛すぎる。
 期限がほしい。

せめて9月中、とか、なにか期限がほしい。

 明日の診察でなにかが変わるのかな。


私はこっそり、父から差し入れられた「ジンギスカンの秘密」のカバーの下に、小さく文字を書いた。
 ココカラダシテ
 タスケテ

もう一度ブックカバーをかけた。

 次に差し入れが来たときに、見つからずに返却できるかな。


 2012.11.17 10:46
はなの