それが、たったそれだけのことが、どれほどありがたかったか。


 ナースステーション
そこは鍵がかかっていて、患者……あえて使ってはいけない言葉を使うとしたら、
患者=狂人
は入ることを許されない空間だった。



 そこに入れてくれて、丸椅子に座らせてくれて、
「どないしたん?」
と顔を覗き込んでくれた男性ナース。
 彼の温かみは、一生忘れないと思う。

そう、私はこの病院に入って初めて、「人間」として扱われた気がした。


私が語ったのは昨日とほぼ同じこと。
 死のうとしたことを後悔している。
 入院生活は不自由すぎる。
 もう、自殺なんてしないから、せめてタオルだけでも欲しい。ティッシュで顔を拭くのは嫌だ。
 ……寂しい。



彼は話を聞いてくれ、時々相槌をうった。


「神崎さんの場合は任意入院やし」
「そういう気持ちがあるならたぶん、近々病棟も移動になるよ」
「あっちの病棟も一応閉鎖やけど、同世代の子、いてるし」
「確かに北館は今、高齢者病棟みたいになってるよな」
いまいる建物が北館という、隔離専用の施設だと初めて知った。

彼の返事は、気取っていなくて率直で。
 ときたま、
「神崎さんて仕事は?してたっけ?」
「マジ?イベントコンパニオン?モーターショーとかでる?」
「うわっ、俺去年のモーターショー行ったって。どっかで会ってるんちゃん?」

なんて世間話もしてくれた。
 
 おかげで私の気分は少し晴れ、
「会ってると思いますよ、私モーターショーに出てました」
「でも今入院中ですっぴんだから……化粧で顔変わるタイプなんで」
とジョークも返す余裕が出てきた。


 笑顔の出てきた私に、彼は言った。
真顔だった。
「僕は、ぼくが神崎さんから聞いて感じたこと、きちんとカルテに書いとく。
 神崎さんがそういう風に思ってること、伝えとく。時間があったら、こうやって話に来てくれても全然かまへん。
 やけどな、看護全員が僕と同じじゃないし、そこは人間やから、神崎さん的にムカつく看護もおるかもしれんけど、そこは外の社会に出ても一緒やからな。あと……」

と、彼は看護師の顔になって、言った。
「今回、したことがリスカレベルじゃなくって、一歩間違ったらほんまに死んでた、大きいことをしたから、こうやって不便さを嘆いてもらうのも一つの治療やねん」



 ……そうかもしれない。
今私は、ただの平凡のありがたみを実感している。