「うるさいうるさいうるさい!」
「あっちいけっ」




231号室から女性の叫び声が聞こえる。

ナースステーションが、ガチャリとひらき、昼間のあの男性ナースが出てきた。
恰幅のいい彼はどしどし歩いて231号室をバターンと開けた。


そこは三人部屋だった。
そして、真ん中のベッドに寝ている、たくさんチューブのついた痩せこけた女性が、奇声を発しているのだった。
彼女は誰もいない方角に向かって、金切り声をあげた。
「うるさいっ」

……何かが見えているのだろう。幻覚症状。
大学で、統合失調症という病気について学んでいた。


幻覚、幻聴。
それらは往々にして、恐ろしいものであることが多い。


見えるのは本人のせいではなく、もちろん病気だ。
だからそういう患者に対しては、「本人には見えている、または聞こえていることを否定せず、不安を取り除く」対応をするように、と私は大学で学んでいた。



……が。
ガタイのいい彼は、いきなり女性患者を怒鳴りつけた。
「うるさいのはお前じゃボケ!」



……一瞬、自分の聞いたものが信じられなかった。
これがプロの対応?


彼女はあいかわらず錯乱していて、何かを訴えていたけれど、男性ナースは彼女のベッドの足をガンガン蹴りつけ、
「黙れアホが!」
と怒鳴っている。


 唖然として、私が眺めていると、それに気付いたらしい。
男性ナースはちら、っと振り返ったあと、その部屋の扉を閉めた。


見えなくなったけれど、扉の向こうから相変わらず男性のどなり声と、女性の金切り声と、そして鈍い音がする。


……かなり乱暴、ぶっちゃけ、怖かった。
ただでさえ持ち物を取り上げられて、いつでられるかわからなくて不安なのに、恐ろしいものを見てしまったせいで、ますます怖くなった。


幻覚が見えている女性が怖いんじゃない。
彼女をどなり散らしているナースが怖い。



扉を閉めた後は見えなかったけれど、もしかして暴力をふるったりしていないかすら心配だった。



そして、ああ。


私は彼女と同じ立場、患者だ。


幻覚が見えるわけじゃないけれど、もしもそんな病気になってしまったら、あんな風に扱われる!




 全身に鳥肌が立っていた。
とにかく、早く出なくては。此処は危険だ。


2012.11.15 17:58
はなの