心理士さんの言葉は本当だった。
彼が部屋から出て行った直後、ナースさんが私を呼びに来て、お風呂に入ってくださいと言われた。
ナースステーションまで連れて行かれる。
預かっている私物の中から、看護師が私の服を探す。
そのとき、濡れた髪の若い女性患者が、私とは逆に荷物をナースステーションに戻しに来ていた。
大きくて、低い男性の声が荒々しく聞こえた。
「ポケット検査するで!」
……え?
振り返ると、その女性患者のスウェットみたいなズボンのポケットに、柔道でもやっていそうな男性の看護師が手を突っ込んでいた。
そして。
「おい、これなんやねん!?」
彼女のポケットから出てきたのはメンソレータムのリップクリーム。当然、その子は答えた。
「……リップ」
「見たらわかるわ、なんで持ってんねんって聞いてるねん!」
「もともと持ってた」
「はぁ?ほんまか?」
男性は他のナースを呼び、他のナースが首を振ると、彼女のリップクリームを取り上げた。
「許可でてへんもん持ってたらあかん!はよ部屋帰れ」
彼女はおとなしく、あのくらい部屋ばかりの方向へ帰って行った。
……いやだな。
このときが、教科書やテレビに出てくる精神病院は、あくまで進歩的なところで、片田舎の病院はまだまだ牢獄だってことに気付いた最初だった。
さて、旅行用みたいな小さなシャンプーとボディソープのセット、洗面桶、タオル、そして下着と着替えを渡され、私は浴室の扉を恐る恐る開けた。
誰かのスリッパがあった。
何人か一緒に入るんだ。
でも今は、そんなことどうでもよかった。とにかく髪が洗いたい。
(退院してから思うことだけど、私のこの髪への潔癖症も、なにかの神経症だろう)
浴室にはシャワーが三つ、つまり三人まで一緒に入れる計算のようだ。
浴槽ははちょっぴり広くて、そうホテルのスウィートくらいかな、でも全員共用だと考えると断然狭い。
私が入った時には、おばあさんが何やらぶつぶつ言いながらシャワーのお湯をあらぬ方向にかけていた。
……どうやら認知症らしい。
大きな病院だと、認知症の専門病棟があったりすると聞く。
けれどここはお構いなしに一緒だ。
おばあさんのシャワー攻撃をよけながら、私は久しぶりに髪を洗い、浴槽にもつかって。
そう、そんなことがとっても、とっても嬉しくて、本当に幸せだった。
2012.11.13 18:19
はなの
彼が部屋から出て行った直後、ナースさんが私を呼びに来て、お風呂に入ってくださいと言われた。
ナースステーションまで連れて行かれる。
預かっている私物の中から、看護師が私の服を探す。
そのとき、濡れた髪の若い女性患者が、私とは逆に荷物をナースステーションに戻しに来ていた。
大きくて、低い男性の声が荒々しく聞こえた。
「ポケット検査するで!」
……え?
振り返ると、その女性患者のスウェットみたいなズボンのポケットに、柔道でもやっていそうな男性の看護師が手を突っ込んでいた。
そして。
「おい、これなんやねん!?」
彼女のポケットから出てきたのはメンソレータムのリップクリーム。当然、その子は答えた。
「……リップ」
「見たらわかるわ、なんで持ってんねんって聞いてるねん!」
「もともと持ってた」
「はぁ?ほんまか?」
男性は他のナースを呼び、他のナースが首を振ると、彼女のリップクリームを取り上げた。
「許可でてへんもん持ってたらあかん!はよ部屋帰れ」
彼女はおとなしく、あのくらい部屋ばかりの方向へ帰って行った。
……いやだな。
このときが、教科書やテレビに出てくる精神病院は、あくまで進歩的なところで、片田舎の病院はまだまだ牢獄だってことに気付いた最初だった。
さて、旅行用みたいな小さなシャンプーとボディソープのセット、洗面桶、タオル、そして下着と着替えを渡され、私は浴室の扉を恐る恐る開けた。
誰かのスリッパがあった。
何人か一緒に入るんだ。
でも今は、そんなことどうでもよかった。とにかく髪が洗いたい。
(退院してから思うことだけど、私のこの髪への潔癖症も、なにかの神経症だろう)
浴室にはシャワーが三つ、つまり三人まで一緒に入れる計算のようだ。
浴槽ははちょっぴり広くて、そうホテルのスウィートくらいかな、でも全員共用だと考えると断然狭い。
私が入った時には、おばあさんが何やらぶつぶつ言いながらシャワーのお湯をあらぬ方向にかけていた。
……どうやら認知症らしい。
大きな病院だと、認知症の専門病棟があったりすると聞く。
けれどここはお構いなしに一緒だ。
おばあさんのシャワー攻撃をよけながら、私は久しぶりに髪を洗い、浴槽にもつかって。
そう、そんなことがとっても、とっても嬉しくて、本当に幸せだった。
2012.11.13 18:19
はなの

