眠っていたら、またノックされた。

精神病院ってとこは、ドアにガラスの小窓が付いていて、そこからいつでも患者の様子が覗けるようになっている。
 ついでにいうと、私が入っている病室は天井に集音器があり、室内の音は常にナースステーションに聞こえるようになっていた。



 奇声を発しでもすれば、すぐにナースが駆けつけてくるのだろう。



さて、ノックの主は、優しそうな初老の女性で、脳波検査に来たと説明した。
頭にべたべたとクリームを塗られて、電極みたいなのをつけられて、20分くらいの検査をされた。



 彼女が帰ると、今度はナースが昼食を持ってきた。
このナースさんは、私の部屋に使用済み割りばししかないのをみて、新しいのをとりにいってくれた。
……ここで割り箸を使いまわされなくて本当に良かった。



 昼食は、ますフライ、筑前煮、それからお椀ものがあったのだけれど、お椀の蓋が開けられなくてあきらめていると、またナースさんが入ってきた。
 そして私が残した量をチェックし、
「おみそ汁は嫌い?」
と聞いてきたので、私は少し恥ずかしく思いながら蓋があかないと説明した。
 彼女はにこにこ、蓋の開け方のコツを教えてくれて、少し気持ちが和んだ。

午後から、薬剤師が薬の説明を書いたシートを持ってきた。
それから、ナースさんがついに、母が持ってきたという歯ブラシ、コップ、お箸を運んできてくれた。

 やっと歯が磨ける。
そんなことがとてもうれしかった。


 だけど、髪がとけない。ブラシがない。さっき脳波検査でクリームを塗られたせいで、頭がますますべたべたしている。
 髪はどちらかというと長いほうだ。
まったく、母が病院に何を持ってきてくれていて、何が病院の管理下にあるのかさっぱりわからなかった。ただ病院が渡してくれたものを素直に受け取る以外になかった。



 顔をあらってもタオルもない。
もっといえば石鹸だってない。


 身長を測りに来たナースさんに伝えると、荷物はナースステーションで預かっているからみてくる、と言われた。
 そして戻ってきた彼女は、ブラシだけをわたしてくれ、申し訳なさそうに言った。
「タオルはね、ちょっと、危ないからまだ許可が出てなくて……」


そうですか。
そうですよね、私首吊ったんだし。
まだ首にはグロい痣が残ってるし。


そうです、よね……