若い女性だった。
私と同じくらい、か少し年上。

ナース服ではなく、ポロシャツにチノパンといういでたちだった。


なぜか、彼女のばっちりメイクが癪に障った。
こっちは歯ブラシもないのに。履物もなくて、お風呂にも入れなくて髪が気持ち悪いのに、なんなの、そのメイク。



「相談員」と名乗った彼女は、私に一枚の紙を見せた。
入院同意書だった。



どうせ入院するつもりだったけど、一応目を通した。
 私物制限、行動制限、面会制限など、すべてが「主治医の許可を要する」となっていた。行動制限には、「自分に危険が及んだり、社会的に逸脱した行動をとった際には拘束されることを許可します」なんてのもあって、ぎょっとした。



私は彼女に聞いた。
「私物制限ですが、歯ブラシって使えますか?」


彼女は、医者ではないからわからないと答えた。
だから私は言った。
「それじゃ、主治医とお話して、どれくらいの制限があるのか説明いただいてからサインしてもいいですか?」



わかりました、といって出て行った彼女は、ものの五分もしないうちに帰ってきた。
そして、半ば強引な説明をした。
 いわく、Mドクターは今日、外来のクリニックに行っていてこちらの病院には来ないこと。
 いわく、本来この書類は、昨日私が「入院します」といった時点でサインされているべきものであったこと。
 いわく、昨日はバタバタしていたから今日になったこと。


……病院側の都合じゃん。と思った半面、サインするしかないのも分かった。
私は、福祉臨床学科の三年生で、精神病院や閉鎖病棟について多少学んでいたから、病院を信頼していたのかもしれない。
 この信頼は甘かったと後々思い知る。


とにかく私はサインした。
 彼女が若くて、どうやら下っ端で、私のサインをどうしても持って帰らなくてはならない立場なのが分かったせいもあった。

サインと同時に日付を書こうとしたら、「昨日の日付で」と言われた。
 それって文書偽造じゃないの?
と思ったけれど口にはださずに、私は言われたとおりにした。
 彼女は明らかにほっとした表情で、私のサインを持って部屋から出て行った。





 持ち物制限、行動制限……
不安がこみあげてきたけれど、実はここでサインしておいてよかったと後で知ることになる。
 というのも、その後病棟で知り合った他の患者さんたちから聞いたのだが、この病院では任意にサインしないと、即「保護入院」に切り替えるそうだ。



 任意なら、法的には「退院する」と主張すれば出られるけれど、保護入院には本人の意思なんか関係ない。保護者がサインしてしまえば、何年でも病院に閉じ込めることができる。




やがて眠気が襲ってきた。
入院二日目、9月13日。