「もし食べられるものが分かれば、全力で食べなさい」
と唐突に彼女は言った。
ぼくの体の傷はふさがっていないが、痛みは引いていた。
「いい?体は資本よ。だから何が何でも食べなさい。食べないと生きていけないわ」
道のない道をサクサクと歩いていく。
逃げるわよと言われて、すぐに扉をぶっこわして逃げる。
監視はおらず、足止めの罠もない。
聞けば、キララは何度も研究員たちと言い争いをして、何度もあの牢屋に入れられたらしい。
研究員にとってあの場所は憂さ晴らしの場所で、あの施設の正式の場所ではない。
だから逃げても誰も何も言ってこないのだとキララは言った。
なんて強い人なんだろうと思った。
あの牢屋に何度も入って、何度も抜け出して、飄々として生きているなんて。
牢屋の中には刃の部分が汚れているノコギリがあったり、人を縛り付けるような器具がたくさんあった。
きっとぼくの傷もそれらの器具でつけられたものなんだろう。
「命はいずれ尽きるものよ」
その牢屋から出てこっそり歩きながら、誰にも見つからないように歩く。
道は何も整備されておらず、あちこちに草が生え、まるで何も手を加えていない森のような場所だった。
そんなところにひっそりと隔離された場所に牢屋はあった。
たしかにこんな場所に憂さ晴らしができる場所があると誰にも知られたくない。
ウサギをとって来いと叫んでいたあの研究員もなにか切羽詰まっていたような気もする。
だからといって、ぼくたちをあんな物みたいに扱うのは許せないが。
「今ここで死ななくてもいいじゃない。ここで死ぬとロクなことないわよきっと」
そう言われて、何も言えなかった。
どうしてそんな、ぼくに死なないでってみんな言うんだろう。
答えに考えあぐねいていると、キララが本当にここから逃げるかと問うた。
キララの目の下にはクマができていて、よく見ると服からのぞかせたその肌は古傷でいっぱいだった。
彼女は飄々としているんじゃない、そう振る舞っているのかもしれない。
その問にぼくは頷いた。
「あれ、こんなところで何してるの?」
突然聞こえた声に心臓が口から出てしまうのかと思った。
「ファイ」
キララはそんな様子なく、突然現れたフィーネによく似たファイと呼ばれたその子に、声をかけた。
「これからここから逃げるのよ。ファイも来る?」
「逃げるの?ここから?本当に?」
「本当よ。別に嫌ならいいわ」
ファイは口をパクパクさせて音を出さないまま、呆然とキララを見ていた。
そして何か意を決したように口を一文字に結び、行くと言った。
「家族も連れてっていい?逃げたい話を最近してたんだ。ルートとかも」
「あんたたち、ここから逃げる話してたの?」
「当り前じゃないか。研究員からの扱い知ってるでしょ、嫌だよこんなことろ。任務に出てノコノコ帰ってくるなんて馬鹿らしく感じたね」
「任務の時に逃げなくて正解よ。ここから出るときリーダーに時計のようなものつけられるでしょ。あれ、こっちの位置がわかる装置がついているうえに、Aliceから一定距離離れたら爆発する機械になってたもの」
「え、本当?冗談でしょ」
「この状況で嘘ついてどうするの」
「なら、それ早く兄弟たちに言わないと。ついてきて」
ファイが先を行き、ぼくらが後を追う。
彼がここにいたのは不審ではないかと問えば、彼女はそうでもないと答えた。
「大丈夫よ。彼らがいるところはここから近いから。いても不思議じゃないわ」
そうして、建物と建物の狭い間を通り抜け、薄暗い風導管の中を腹這いになって進む。
ようやく光が見えてきたところで、複数の声がして目的地に着いたことを知った。
換気扇は部屋の天井についていて、てっきり真下に降りるのかと思えば、壁下の方に換気扇があるものだった。
腹這いから立ち上がると、フィーの顔と全く同じ顔が数人いて、こちらをじっと見ていた。
キララはファイと長髪の人と三人で何か話していた。
これだけの同じ顔に出会ったことがないぼくは瞬きを数回する。
「シロー?」
そこにはフィーもいた。
昨日ぶりだねと彼は言った。
「驚いたでしょ。僕の家族。みんな顔が同じだもんね。でも、僕も最初、顔が違うことに驚いた」
キャッキャとはしゃぐ彼に、体の具合はもう大丈夫なのかと問えば、問題ないと答えた。
「作戦が決まったわ。まず武器庫に行って自分の武器を取る。いつもの任務がある日のように振る舞えば問題ないわ。この前、武器庫の管理人にまで任務があるって情報が回ってなかったから行けるはずよ。その後、武器庫管理人の持っているIDと鍵を取って、正面から逃げる。問題はプロヴァーレね。彼らが来るまでに別の場でも騒ぎが起こるよう手を回すから…そうね、来ても二人じゃないかしら」
隣にいるフィーに、プロヴァーレは何だと聞くと、逃げる子を連れ戻す人達だと言った。