それから季節は秋に変わった。
「紐紫朗」
今日の稽古が終わって、汗を拭いていたら師匠がぼくを呼んだ。
「はい」
師匠はぼくを舐めるように見て、花ちゃんや仲間たちが集まって談笑している場所に目を移す。
ただならない緊張が、ぼくの体を駆け抜ける。
ぼくはそれを、黙って見ていた。
彼は一息つき、ぼくに目を向ける。
「紐紫朗、」
「はい」
「お前に円谷を名乗る権限を与えよう」
一瞬、風が止まった。
「…は……」
さっきまでワイワイ騒いでいた仲間たちがいるほうから、声が聞こえなくなった。
きっと聞こえていたのだろう。
辺りがシンとなる。
花ちゃんも仲間もキョトンとしてぼくと、師匠とを見ている。
それが師匠の目に反射して、ぼくの視界に映る。
「…ぼく、が?」
聞き返すと、師匠は静かに頷いた。
「苗字を?」
聞き返すと、師匠は静かに頷いた。
「……っ!!!」
全てを理解したぼくは、声にならない悲鳴を上げる。
自然と顔がゆるむ。
――ぼくが、師匠の苗字を
「おまえスゲエじゃん!始めてまだ2年くらいしか経ってねえんだろ!?」
一人の仲間がぼくの頭をわしわしと撫で、嬉々とした声を上げる。
「なに、今の。免許皆伝ってやつか!」
「んなわけあるか、それはこれからだよ」
師匠が苦笑しながら答える。
「俺は、そいつとその見込みがあるやつに名字名乗らせてんだよ」
未だに髪をワシワシされる中、花ちゃんと目があった。
『おめでと』
口を動かして、彼女はそう言い、笑顔になる。
ここは天国かと思った。
照れ臭かったけど、ぼくも声を出さずに口を動かして、ありがとうと言った。
「いやでも、師匠!それ何年先の話だよ、免許皆伝とか10年はかかるって聞いたけど?」
師匠に食いつく彼は、最期にボソッと「紫朗だけズルい…」とかなり不服そうに口をすぼめた。
「始めて2年ならあと8年だな。いや、紫朗ならあと3日で余裕だろ?」
「無茶すぎる…」
なんてぼくの弱い声は、師匠、仲間や花ちゃんの笑い声でかき消された。
その日からぼくは名前を改め、円谷 紐紫朗(ツブラヤ ジュウシロウ)と名乗る。
先に遠くへ行ってしまったような気がした鷹介と、少しだけ距離が縮んだ気がして、それも嬉しかった。


