「昨日の今日で、ほんとにどっか行ったんかと思うた」
鷹介について自室へ戻っている途中、長い廊下を歩いているときに、不意に彼が言った。
「…ごめん」
でも、寺から逃げたようなものだ。
ここはぼくにとってとても退屈で、居場所のない場所。
ぼくにはつらい場所。
鷹介が一緒にいなければ、ひどくつらい場所。
「楽しいか?」
しばらくの沈黙の後、鷹介が遠慮がちに聞いた。
まるで俺がなじめているかどうか、心配するお手伝いさんのように。
「…悪い扱いはされてないよ」
「…そう」
悲しそうに目を伏せる姿を見て、俺は鷹介にもこんな一面があるのだと知った。
「珍しいね。鷹介がこんなに喋らないなんて」
「………………」
前を歩いていた彼が止まり、ぼくのほうを向く。
ぼくを見る目はいつになく真剣だった。
「鷹介?」
…おかしい。
「俺は紐紫朗がこの寺からおらんくなるなんて、信じられへんかったよ」
寂しそうに笑いながら言った。
「なに、そんなに寂しかったの?日中、ぼくがいなかっただけで」
なんだ、そんなことかと思った。
でも彼は“そんなこと”ではないようで。
「これからは別々の道なんやね」
「え?」
「俺はおっさまについていく。その道を究める」
決意をした目だった。
「俺は…」
何も考えてなくて、言葉に詰まった。
「おやすみ」
サッと、襖が閉まる音がした。
「………………」
たった一歳しか変わらないのに、鷹介はずいぶん大人びていると感じた。
それも今夜だけで、他の日はいつも通りだったんだけど、長いあいだ一緒にいるはずの彼の新たな一面を知った。
「………………」
でも、同じ部屋なのに襖閉めることないじゃん。


