5月29日(水) その3

 午前9時。

 今日も時間キッカリに、夫は来てくれた。



「昨日よりもむくみ酷くなってない?」と驚く夫。

「足、ジンジン、ドクドクするし、指輪がね」と手も見せる。

 むくみでミッキーみたいになった手。抜けなくなった指輪の周囲が赤くもっこりしている。



「うわ~、薬指腐ったりしないよね」

「怖いこと言わないでください」



 二人で他愛もない話をする。

 とても穏やかな時間。



 でも、午後には帰ってしまうんだと思うと、すごく寂しくなる。

 知らず知らず、夫の手を握ったり、腕を絡ませたりして、甘えてしまう。


 夫と一緒だと、あっという間に時間が過ぎていく。



 同じ1時間でも、真夜中の1時間は、2時間以上に感じ、夫がいる1時間は、たった20分位に感じる。



 看護学生さんが、沐浴の終わった「元」中の人のカートを連れてきた。


「どうも~」と夫。 「こんにちは~」と看護学生さん。


「赤ちゃん、今日も2000g代をキープしましたよ。頑張りましたね! なので、小児科入院はなくなりました」


「そうですか」




 ……残念です。




「それと血液型の件なんですけど、1歳を過ぎないと調べられないみたいです」


 血液型って、生まれてすぐにわかるわけじゃないのか。

 忘れずにちゃんと調べてきてくれたんだ。と感謝。




「旦那さん、今日帰られるんですよね」

「そうなんですよ。この後、よろしくお願いします」と夫が頭を下げる。


「何もできないですけど、暇つぶしの話相手とか、全然使ってください」と学生さん。

「午後、すごく暇になるので、ぜひお願いします」と私。

「じゃあまた、3時頃とか、伺いますね」

 会釈をして、学生さんはすぐに戻って行った。


 やっぱり、いい人だなと思う。





 その後、授乳、オムツ替え、むくんだ足のマッサージと、夫は尽くしてくれた。




 そしてついに。



 13時になってしまった……




 寂しさマックス。

 夫がいない状態で、この入院を耐えられる気がしない。



「行かないで」と、わがままが出る。


 無理なのは、わかっているけど、言わずにいられない。




「じゃあ、午後の面会時間にもう一回よってから帰るよ」夫が約束してくれた。


 名残惜しむまもなく、助産師さんが入ってくる。

「S(私の苗字)さん、これから退院講習するので、赤ちゃん連れて保育室に来てください」


「じゃあ、あとでね」と夫は帰っていった。




 「元」中の人のカートを押して、保育室へ向かう。

 まだ別れてから5分と経っていないのに、すごく夫が恋しい。


 結婚して6年、付き合ってからは10年も経つのに、私は未だ、夫に依存しまくっている。

 頼ってばかりではなく、もっと自立した女性になりたい。

 バリバリ仕事をする女性に憧れる。

 姉はそういうタイプ。私の友人達も、そういうタイプ。

 自分にないものだから、素敵だなと尊敬している。

 妊娠中も、沢山励ましてもらった。



 いつまでたっても甘えた性格が抜けない。ホント、情けない。

 結局、私はまだ、母親としての自覚も芽生えていない。



 子供を産めば、自然と母親になると言うのは、嘘だと思う。





 保育室には、私の他にもう1組、お母さんと赤ちゃんがいた。


 挨拶を交わし、助産師さんが来るまでの間、お互いの赤ちゃんを眺めた。

 他の赤ちゃんを、こんなにマジマジと見るのは初めて。





「……大きいですね」


「元」中の人より、一回りは大きい。手もわりとしっかりしている。

 タオル生地の肌着も、ちゃんと着こなしている。



 なんか……赤ちゃんっぽい。



「3800gだったの」

「ええ?! よく産めましたね」


 約2300gのこの人を産むので、私は死にかけたのに……


 想像しただけで、お腹が痛くなる。

 絶対ムリだ!



「めっちゃ痛かったよ~。でも、産む時より陣痛の方が苦しかったかも」

「あ、私もです!! 出産って分娩が大変なのかと思ってたけど、陣痛の方が辛くて、もう死ぬかと思った」

「だよね!! 私も想像以上だった! 痛いよね、陣痛」



 あの苦しみは、味わったものにしか分からない。

 同じ釜の飯を食べた的な(?)親密さを覚える。



「この子は、ちっちゃいね」

「2300gくらい」

「ちっちゃーい。でも目鼻立ちはすごくしっかりしてて、可愛い」

「そうかな~」


 親の自覚はないけれど、「元」中の人が褒められると、やっぱり照れる。

 それに……妙に嬉しい。





「遅れてごめんなさいね。それじゃあ、始めましょうか」

 助産師さんが到着。

 退院講習が始まった。