5月27日(月) その2


「赤ちゃんね、さっき小児科で確認したらすごい健康だって。だから午後からじゃなくてこの講義終わったらすぐ、母子同室できるよ~」

 またもやすごい笑顔。

 世の中のお母さんが全員、赤ちゃんを切望していると思わないで欲しい。



 と、心の中で思いつつも「楽しみです」といい子ぶってしまう。




「体調はどう?」

「お腹とお尻がすごく痛くて、横になっていても座っていても痛いです」

「そっか~。さっきここ歩いてくるの見えたけど、歩くのも辛そうだったね」

「はい。足もちょっとむくんでいるみたいで、歩くとしびれたみたいに痛いです」

「ちょっと見せてね。本当だ。むくみ出てるね。座っているのも大変そうだね。無理しないようにね」

「はい」



「じゃあ始めよっか」


 助産師さんが手にしているのは、出産前に私が書いたバースプラン。



「まず、母乳育児についてだけど。ここに無理のない範囲でって書いてあるけど、具体的にどう考えているのかな」


 具体的に? 

 質問の意図がわからず、困惑しながら答える。


「そう、ですね。私自身、あまり精神的に強い方ではないので、自分のライフスタイルに合わせて、ミルクも混合しながら出来る範囲で頑張りたいと考えています」


「なるほど~。じゃあ、母乳が出る場合は基本的に母乳育児で頑張るってことだよね」




  ??




 なんか、ちょっとニュアンスが違うような。

「そう……ですね」

「大丈夫! さっきおっぱいの状態見させてもらったけど、一日目であんなに出てるから、完母でいけるよ」

「……そうですかね」

「うん、大丈夫」



 やっぱり、言いたいことが伝わっていない。

 私は完全母乳の育児がしたいとは、一言も言ってないんだけど。


 てゆうか、お酒飲みたいし、むしろどんどんミルクを使っていきたい。



「仕事はアルバイトって書いてあるけど、今は辞めたのかな?」

「いえ。自分でスケジュールを決められるので、休んでいる形です」

「いつ頃再開するか決めてる?」

「そう……ですね。大阪に戻り次第、徐々に仕事を始めて行きたいと考えています」

「なるほど。じゃあ、具体的に決めているわけじゃないんだ」

「……いまのところは」

「そっか~、でも赤ちゃんが可愛くて預けるのも可哀想になって、しばらくは仕事どころじゃなくなると思うよ」

「……そう、ですかね」

「うん、絶対そう」



 なんだろう。この、強引な感じ。



「じゃあ、仕事復帰も未定だし、完全母乳を目指すスタイルで育児をしていこうか」





「……はい」

「うん。それじゃあ、テキスト開いて」

 完璧、助産師さんに丸め込まれてしまっている私。

 なんか、完母の押し売りみたい。




 講義は、今後1ヶ月の赤ちゃんに起こる現象や、沐浴、ウンチの色、ゲップのさせ方など、基本的な育児の説明と、入院中の育児方法(ミルクやオムツの場所、着替え)などを教えられる。


「シャワーや売店に行く時と、体調が悪い時はこの部屋(保育室)に預けて。それ以外は24時間基本的に赤ちゃんと一緒に過ごしてね」

「はい」

「体調が悪いって言っても、眠いとか、疲れているからって言う理由はダメだよ」

「はい」

 今、かなり体調悪いんですけど……とは、言い出せない。

「あとS(私の苗字)さんの赤ちゃんは、未熟児ではないけど、まだ小さいから、わりとよく寝ていると思うんだ。でも、どんなにすやすや寝ていても、3時間毎に必ず授乳してね」

「はい」


「赤ちゃん連れてきました~」

 ガラガラガラ



 保育室に、カートに入った赤ちゃんがやってきた。



「は~い。ママだよ~」

 助産師さんがカートから赤ちゃんを取り出し、私に持ってくる。

 真っ白いタオル生地の服に包まれて、すやすや眠っている。

 


 めちゃくちゃ小さい。



 あれ? 天パじゃない。直毛になってる

 寝顔、夫にそっくりだ。



 不思議な感じ。

 ちゃんと、赤ちゃんだ。


 こんなのが私のお腹の中に、本当にいたのだろうか。

 本当に私が生んだのだろうか。



 実感が沸かない。




「じゃあ、授乳クッションに赤ちゃんを乗せて、おっぱいをあげる練習をしよっか」

「はい」



 少なくとも、昨日見た時よりは可愛い気がする。


 相変わらず下唇はないけど……。