森に入り、数歩進むと、男の肌は敏感に反応を示す。


暗闇に漂う湿った空気が絡み付くように重い。


小枝や腐葉土を踏み締める、その足取りさえも重く感じる。


まるでゼリーの中を進んでいるかのように、身体に纏わり付いていた。


堪らず、男の脚が止まる。これから自ら命を絶つと決めていた決意が、恐怖心によって揺らいだのだ。


「クッ、脚が震えやがる。俺にはもう、これ以外の選択肢なんて何処にもないのに……。」


そう、彼には引き返す理由が残されていなかった。


この半年の間に次々と襲い掛かって来た絶望が、彼をそう思わせるにまで追い込んで行ったのである。


職を失い、面接を受けても事々く落とされ、更に心の支えであった彼女にも愛想を尽かされてしまった。


特に結婚を約束していた女性が彼の元を離れたのは、致命的と言っても過言ではない。


何故なら彼の生きる気力を完全に奪い去るには、充分過ぎたからである。


――森が風を受けてざわめく。


彼は切なげに頭上へと視線を向けた。


「ハハ……お前達も情けない俺を見て笑うんだな」


そう呟き、孤独感を思い出した彼は……再び歩き始めたのである。