その瞬間――。



妃絽はスニーカーが苔で滑り、体勢を崩した。



背後には先程まで突っついていた『時越池』がある。



「あ、ヤバ…」



「妃絽ッ!」



近くにいた夏樹が咄嗟に妃絽の手を掴むが、彼も苔でローファーが滑った。



「掴むなら、ちゃんと助けろよ!馬鹿」



「ごめん!」



そんな会話をしているうちに二人は池に落ちた。



水面が水柱を上げ、二人の影はそれの中に紛れた。



「妃絽ッ!夏樹ッ!」



繭は二人が落ちた池に駆け寄り、安否を確認した。



ただの言い伝えなら、二人は池の中にびしょ濡れで座っているはずだ。



二人がいることを信じ、繭は水柱が治まった池を見た。



「…――いない」



しかし、そこには二人の姿はなく、水面が静かに揺れているだけだった――。