「先日、一条さんの財布にその中の生徒さんの名刺が入ってたの見ちゃったんです。名刺交換なんて社会人なら普通だってわかってるんですけど、その人料理研究家みたいで……」




「ああ」




 羽村はわずかに首をかしげながら思い当たる人物を思い巡らしていた。




「井上奈津美のことですか? 彼女なら前科もないし、犯罪に手を染めるほど度胸はないですよ、ただ個人的に何を考えてるかわかりませんが」




「え? 生徒さんのことも調査したんですか?」




「プライバシーの侵害にならない程度に。それが私の仕事ですから」




 何食わぬ顔でニッコリと羽村が微笑んだ。



 奈央はその笑みがどことなく冷酷に思えてならなかった。





「そういえば最近、私の学生時代の友人がこっちに転勤で引っ越してきたんです。海外から良質のワインを仕入れてる商社勤めで……羽村さん?」




「その方の名前よかったら教えてくれませんか?」




 羽村の表情が一変してけわしいものに変わったのを奈央は怪訝に思いながら「神崎紗矢子」と告げた。